案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2025年10月19日日曜日

広島駅前

鳥栖から大阪行夜行列車で熟睡し、広島で朝を迎えたのが1967年の春。
58年後の今、広島駅前は広電のルート新設変更が8月に開通し大きく変わった。駅前のこの在来ルートは、線路の撤去が進められているようだ。

広島駅前 1967.03.07




広島駅前.「こくてつバス」の看板が見える.

2025年9月4日木曜日

朝の広島駅前

 朝の路面電車は絶好の撮影チャンス.
駅で整列する習慣はまだ無かった昭和42年の日本.


朝の広島駅前は通勤・通学客で活気に溢れ、
魅力ある単車が続々と登場してきた。
1967.03.07


如何にも広島の個性溢れる150型.江波行
最も大きい単車.



午後になると太陽光線のせいか
朝の駅前風景と雰囲気が異なる.
今この駅前は大きく変わった.


2022年6月14日火曜日

広島風景

路面電車の写真は人、クルマ、看板、建物など昔の街風景が写っているのが楽しい。


撮影:1967.3.7


広島電鉄  宮島行き直通電車。 小網町-土橋

 2系統の己斐から広島駅へ向かう400形。 小網町-土橋


己斐行きの400形。 小網町-土橋


土橋の分岐点。

単車で賑わう十日市町分岐点。単車は150形

2020年8月7日金曜日

広島電鉄 被爆車両651~653

あの日、原爆を生き延びた被爆車両が、8月6日と、復旧を遂げた8月9日の2回、広島の街を午後1時から特別運行する。(ニュースより)
広島では現在3両の被爆車両「650形」が動く形で保存されているそうで、50年前に撮った651~653を探してみました。


撮影:1967.3.7
直進すると相生橋を渡る.十日市町の653

軌道線と鉄道線の接点 己斐(西広島)駅の651 

広島駅前の652

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補足:元大阪市電1601形のこと。今回の被爆車とは関係なし。

2枚目写真で被爆車の後にいた車両とは、広電750形(751~760)の758.
元大阪市電1601形の譲渡車10両が広電750形になったものでその後廃車.

広電2500形(2511~2514)
元大阪市電1601形の譲渡車は更に4両がいてこれが広電2500形に改造された.

2017年3月28日火曜日

広島市内線 単車が走っていた街

150形、400形、450形の単車が活躍していた頃の広島の風景はこんなであった。

軌道線と鉄道線の接点 己斐(西広島)駅.1967.3.7

己斐(西広島)駅の400形404.中桟が入った側面窓のガラス.

己斐(西広島)駅ではこんなボギー車もいました.750形(元大阪市電)

己斐(西広島)駅の単車の先にあったのが鉄道線風景.かって単車450形も鉄道線に乗り入れたこともあったそうだ.

素晴らしき鉄道線の電車.

己斐から広島駅へ向かう400形

 土橋で分岐し己斐へ向かう400形、左に直進するとあの「江波」に向かう.  

単車で賑わう十日市分岐点の450形.

甲斐発宇品行きの400形、直進すると相生橋を渡る. 十日市町電停

2017年3月26日日曜日

広島市内線の単車

昭和42年3月の朝、広島駅前で市内線を初めて見た時、アクが強過ぎて強烈な印象だったのが150形単車であった。大きな丸みがあるオデコと屋根、これぞ戦前から活躍し戦災をくぐりぬけてきた広島の路面電車のイメージがしたものだった。
この時は余りに強い個性で関心が薄かった150形だが、最近、映画で話題となったあの「江波」の行先表示を見つけると俄然関心が湧いてきた。この時に活躍していた単車150、400、450形を改めて見てみようと思います。

映画「この世界の片隅に」ですっかりお馴染みとなった「江波」行き単車.
6系統150形155.広島駅前 1967.03.07
150形は全長が9mもあり単車の中で最も大きい

朝のラッシュ時に次々とやってきた単車.6系統 150形157 

7系統横川行き150形159

6系統150形156(江波車庫保存車) 十日市町

3タイプの中で最も全長が短い400形.魅力的なスタイルの単車で、拘りの映画に描かれたのはこのタイプだったのだろうか?  400と450は側面の窓が5つしかない。 

400と類似の450形

2011年5月19日木曜日

広島電鉄 朝の広島駅前

路面電車を撮るなら朝のラッシュ時間帯が面白い。
普段は車庫に休んでいる車両まで駆り出され、朝は様々な電車がやってくる。
電車を待つ通勤・通学の人々で活気ある駅の風景。
朝の広島駅前もそんな楽しさに満ち溢れていた。
小さな単車ではお客が乗りきれないのか次から次とやって来ては発車して行った。
広島でもまだこんなに沢山の単車が活躍していた昭和42年3月。


2系統己斐行き450形. 5系統宇品行き400形    1967.3.7


7系統横川行き150形.  2系統己斐行き700形


鉄道線乗入れ宮島行 2500形

5系統宇品行き400形

6系統江波行き150形.十日市町交差点で見た6系統横川行の155号.

2011年5月18日水曜日

広島電鉄 市内線 土橋・十日市町

広島電鉄は鉄道線を目的として撮りに行ったのに、市内線もけっこう撮ってあったのが意外であった。
現在の発展した都会的風景からは想像もつかない風景と思われる。


土橋  1967.3.7
2系統(広島駅~己斐) が土橋で分岐すると細い道路に入り、古い町並みを己斐へ向かう.


十日市の交差点.車の洪水が始まった時代.


6系統(江波~広島駅) が広島駅へ向かう.


操車塔(左手)がある交差点風景


十日市町電停
この先を直進し相生橋を渡り広島中心部へ向かう.

2011年5月17日火曜日

広島電鉄 宮島線3

井ノ口病院前駅から近い荒手車庫の外に休んでいた美しい古典電車1010形は、更に車庫内にも鎮座していた。よく見ると外に居た1010形とは違って未改造車の1010形であった.


荒手車庫内の 1010形未改造車1015+1016.右は1050形 1967.3.7
車庫内では1010形未改造車2両がパンタを上げていた.
1010形の中で改造されずに残ったこの1010形未改造車は、開業時の1000形の姿そのものと言えるだろう.車庫の外にいた1010形改造車とは違い客扉が元の位置の両端にある.

荒手車庫の外に休む1010形改造車1011+1012.
軸距が縮まったブリル製台車が可愛い.
昭和32年の改造で客扉が中央寄りに移動している.

 井ノ口病院前.2500形2次(自社製)    1967.3.7
荒手車庫が近い「井ノ口病院前」は後に「荒手車庫前」、さらに今の「商工センター入口」へと
駅名が変更された.44年前のこの駅から今の「商工センター入口」駅が結びつかなかったが
駅名の変更とともに駅周辺も大きく変貌したようだ.

春の日差しの下をのどかに走る1030形.井ノ口病院前近辺


山陽女子大前 2000形2次(自社製)