案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2026年7月20日月曜日

電鉄上田駅のワンシーン

過去に写真集等で使った上田丸子のモノクロ写真。
これをカラーにしてみると一体どんな感じになるのか?
写真から想いついたタイトル。
「電鉄上田駅のワンシーン」鉄道(ブログ)



   電鉄上田駅  1970年夏

夏休みの家族が列車を待つ情景。
カラー化によってある時代の想いがより感じられるようになった。
この2年後に真田傍陽線が消え、
家族旅行も鉄道利用からマイカーへと時代が変わる。

■車両と駅の魅力
画面右手の半身だけ写った電車に
くすんだツートンカラーの色がつき、
事実とは異なるけどアルミサッシの色効果で
高まる上田丸子の車両の魅力。
画面左手の木造りに感じる駅のぬくもり。

■ もの悲しさ
木造駅舎、真田傍陽線、家族との時間、1970年の夏、
今 写真に写るその多くは失われ、
そこに感じる喪失感、もの悲しさ。

■大切な時間
祖父母が待つ田舎へ帰るのだろう列車を待つ家族。
父親が、つかの間の夏休みに家族と過ごした何気ない
ひと時は、きっと人生で大切な時間の一つになったことだろう。


上田丸子電鉄 真田傍陽線
(AIカラー化画像)

2026年7月18日土曜日

上田丸子電鉄 夏本番の上田駅

 2011年8月3日にアップした記事より。

夏になると思い出されるのがお盆シーズンの賑わい、そして上田駅の色のこと。


夏休みを使ってよく地方へ撮りに行くことがあったが、8月はちょうどお盆のシーズンで地方私鉄はどこも帰省客など人々の移動で賑わっていた。信越本線上田駅で国鉄に接続する真田傍陽線と別所線では国鉄からの乗換え客で賑わい、夏休みに家族連れでこの私鉄沿線に帰省する人達も多かったのだろう。

それにしても上野から長野方面へ向かう信越本線の混雑ぶりは凄かった、人気の軽井沢~長野方面へ向かう帰省客や観光客で夏の最盛期であった。

昭和45年の上田丸子電鉄は、既に丸子線、西丸子線が消え、この2年後には真田傍陽線も消え、その後別所線だけとなった。この頃に撮った私鉄はどこでもごく平凡な路線だったが蒲原鉄道、新潟交通などと同様に、上田丸子も当時を見ると個性豊かな電車で魅力的に感じるのは時代の変化によるものか。

古風な駅建屋から発着する真田傍陽線は、ツートンカラーの味わいのある電車で電鉄上田駅によく似合っていた.

真田傍陽線 電鉄上田駅 1963.7.20
夏の子供達はローカル電車に乗って元気一杯の笑顔.どこのローカル私鉄でも見られた風景.こんな子供達の風景も楽しい夏のローカル私鉄ならではであった。



信越本線を挟んで反対側は別所線上田駅のいかにも夏らしい光景が.1986年の昇圧化前で様々な電車が在籍し丸窓電車も健在であった.1970.8.17

このカラー化は、厳密な色彩情報に基づく再現ではありません。私の記憶に残る「1970年代の色」をたどったものです。当時の街には、今ほどの鮮やかな色はなく、建物も看板も衣服も乗り物も、少し控えめで、その時代らしい色だったのではないでしょうか。半世紀を経て変わったのは風景だけでなく、私たちを包む「色」そのものも大きく変わったようです。



2026年7月15日水曜日

上田丸子電鉄 下之郷駅

やはり、ブログをPC画面で見るのが私にとって一番楽しめそう。
新しい媒体にも投稿してみたが、「味わい深い鉄道」の写真を理解する人は皆無のよう。
きっと世代が違うせいでしょう。
「味わい深い鉄道」を写真で楽しむには、やはりブログがよさそう。

AIによるカラー画像の鮮明化の一枚。
chatGPTの生成画像そのままで、あり得ない青みだが敢えてそのまま。


生成画像 第1水準 無調整
車両は「記憶色」、風景は敢えてデシタルらしい鮮明な色。


生成画像 第2水準 無調整
こちらが「記録色」に近いか。


元山梨交通7形が休む別所線の下之郷駅 1970.8.17

左が別所線の島式ホームで、手前が西丸子線のホームだった。廃線で使われなくなった線路上に橋を渡し改札口から別所線のホームへ渡れるようにしてある。向こうには使われなくなった元山梨交通の電車が留置されていた.


2019年7月13日土曜日

上田丸子電鉄のクハ、サハ

1970年の夏に撮ったクハ、サハを集めてみました。

撮影日:1970年8月
奥からクハ252+サハ28+クハ273+クハ253

元江ノ電の車体を使ったサハ28

元神中鉄道のクハ252

別所温泉駅にいたクハ253 

真田駅にいた2両の気動車崩れのトレーラ。
サハ27+サハ24 

2019年7月11日木曜日

上田丸子電鉄別所線のクハ273

上田丸子電鉄別所線の上田駅にいた元気動車のクハやサハ。その中で手前から2番目の元電車風の大柄なクハ273。一体これの元は何なのか。   1970.8.15 上田

窓配置がdD6D6D1、ベンチレータが左右に各6コ、のクハ273

 
クハ273の部分カット

何となく異質な3扉クハ273。 上田


何とクハ273の元はあの東横の気動車であった。
東横キハ1形→神中キハ1→相模クハ1115→相模クハ2505→上田クハ273
(これは多くの人が調べて分かっていることです)
関東鉄道鉾田線のキハ42201(元東横キハ2) 1966年8月 石岡

2019年7月2日火曜日

真田傍陽線 リニューアル

上田丸子電鉄の2路線をアップしたのは2011年8月であれから8年が過ぎました。未掲載画像を主体にしてリニューアルしてみます。

真田傍陽線と別所線を訪問した1970年は既に魅力的な丸子線も西丸子線も消えた後で、それほど魅力を感じる上田丸子電鉄でもなく「今撮っておかねば後々悔やむ」で撮ったものだった。
この時まともに撮らなかった別所線はその後も1980年代半ばまで魅力を持ち続けたことは鉄道写真を止めていたので知る由もなかった。

撮影:1970.8.15
長村から真田へかけての勾配。全線まさに山岳路線。

長村から勾配をゆっくりゆっくり登った先に終点真田があった。

山の下にあった真田

トンネルを抜け神川第一橋梁を渡るモハニ4250形。  伊勢山 - 殿城口 

橋梁の先にあった殿城口を発車し分岐点本原へ向かうモハニ4250形。 殿城口 - 下原下

2019年6月28日金曜日

電鉄上田駅の魅力

上田丸子電鉄真田傍陽線が発着していた電鉄上田駅。
そこには車両といい駅といい素晴らしい風景があった。
夏休みにこんな信州の小鉄道の魅力を訪ねることは
今はもうない。


撮影:1970.8.15
ホームに入ってきたのは真田行きの電車モハニ4250形。乗客が乗り込んで発車を待っている
荷物合造車モハニ4250形は開業時からの古参電車で4両も揃っていた。 
左に停車しているのはモハ4256(元鶴見臨港)。   電鉄上田 

左側のスタンドに白い筒がみえ整備用の設備らしいがジャッキにもクレーンにも見えず何かと思っていたところ、Uさんから興味深い写真↓をお借りしました。1970.8.15

台車を外して何かやっています。あれは旋回式クレーンだったのですね。やはりここは単なる車庫ではなくて整備工場であった。撮影:Uさん 1971.9.28


写真集で取上げた夏休みの家族を撮ったのはこの場所だった。



駅の左に隣接している建物は一体何なのか? 車庫線にはピットが見えるのでここで点検などができたのでしょう。いつもパンタが上がっているのは何故とよく聞かれます。1963年7月

2011年8月8日月曜日

上田丸子電鉄 別所線

夏の塩田平を行く 1970.8.15
ポップアップ
信州の鎌倉と呼ばれ鎌倉~室町時代の文化財が多く残されている
別所線沿線一帯の塩田平.

塩田平を行く丸窓電車

終点 別所温泉駅



下ノ郷を出て右にカーブし別所温泉へ向かう. 下ノ郷 1970.8.17

モハ4257    上田原

まるで非電化私鉄のような光景が. 上田

2011年8月7日日曜日

丸子線を走った車両

1970(S45)年、上田丸子で最も魅力的な丸子線は前年に、西丸子線は遠い昔に消え、残った別所線はあまり期待もなしの訪問であった。しかし当時の写真をよく見てみると別所線の「下の郷」駅には1961(S36)年に休止となった西丸子線の駅の面影が残り、更に丸子線を走った話題の車両が別所線に居て、これらから消えた路線のことを偲んでみました。載せた車両は丸子線のごく一部です。


別所線の下ノ郷駅  1970.8.17
左が別所線の島式ホームで、手前が西丸子線のホームだった.廃線で使われなくなった線路上に橋を渡し改札口から別所線のホームへ渡れるようにしてある.向こうには使われなくなった電車が留置されていた.

反対側から見た下ノ郷駅でホーム右が別所線の線路.  ポップアップ


留置されていた電車は元山梨交通のモハ2342+2341. 下ノ郷
橋の向こうに少し離れて西丸子線が発着していたホームの跡が見える.
留置されていた電車の写真をよく見ると山梨交通からやってきた高床式電車2両であった。昭和38年に入線し改造後丸子線で使われ、この留置の翌年に江ノ電に譲渡され連節車となった。


山梨交通時代とはすっかりイメージが変わったモハ2341. 下の郷

気動車の車体を使った丸子線らしい小型電車モハ3220形. 山梨交通から入線し改造前の姿.
  信越線と並走し車窓に見える丸子線はいつも気になる存在であった. 1963.7.20



丸子線を走っていた元近江鉄道の小型車モハ2322+2321   上田原 1970.8.17
よく整ったスタイルの日鉄自動車製のミニ電車.この後1両が銚子電鉄へ転じてデハ501となった.


丸子線の電車と組んで走っていた元気動車のサハ27. 真田

丸子線からやってきたEB4111.      上田

丸子線からやってきたED251. 上田原