案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年8月7日金曜日

横浜駅前1964年

1964年10月10日
この日は東京オリンピック開会式があった歴史的な日。秋晴れの青空の下、記念乗車券を求めて横浜に向かった。その時の相模鉄道、横浜市電のオリンピク記念乗車券が今も手元に残る。

あれから62年。空が広かった横浜駅と街並みもすっかり変わり当時の面影は何もない。2軸単車が走っていた当時の横浜は、ジブリの「コクリコ坂から」 1963年5月とちょうど時代が重なる。

(AIカラー化画像)

 








2026年8月2日日曜日

雨の羅漢寺駅

 
羅漢寺駅

羅漢寺を守実行の気動車が発車すると、
人影のないホームに、切り離された客車が一両。
その向こうに、青の洞門の上に
雨で霞む耶馬渓の岩壁が迫っていた。
見事な風景の中にある駅なのに、
降りる人も乗る人もごくわずか。
耶馬渓を訪れる観光客は、
既にバス利用の時代になっていたのか。
雨の羅漢寺駅は静まり返っていた。
大分交通 耶馬渓線 1967年3月
(AIカラー化画像)



青の洞門


耶馬渓


耶馬渓を行く気動車