案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2019年9月24日火曜日

遠鉄二俣線の赤い電車

奥山線を初めて訪問した1963年、当時は遠州鉄道二俣線(現鉄道線)はこんな新浜松駅から発車していた。まだデビュー間もないモハ30形の真っ赤が強烈で、その隣にいたモハ11はこの後すぐ消えてしまったようだ。

撮影:1963.4.4
新浜松駅

新浜松駅

新浜松から二つ目の遠鉄浜松駅で奥山線と接続する。

二俣線の赤い電車。遠鉄浜松

二俣線の赤い気動車キハ803。遠鉄浜松

2015年7月14日火曜日

遠州鉄道二俣線 真っ赤な気動車の今

国鉄キハ41307   大宮鉄道博物館 2015年7月



遠州鉄道二俣線にいた「真っ赤な気動車」3両の内の1両キハ802が鉄道博物館に展示保存されるまでの数奇な運命は「真っ赤な気動車のその後」 で紹介した通りです。再度その経緯と鉄道博物館の今を写真で追ってみました。

国鉄キハ41307遠鉄二俣線キハ802→1967年 北陸鉄道能登線キハ5211→筑波鉄道キハ461(1985年廃車)→さくら交通公園保存→2007年鉄道博物館 国鉄キハ41307に復元

遠州鉄道二俣線「真っ赤な気動車」キハ803 (801 802と同系)  西鹿島 1964.03.25
新浜松から国鉄二俣線遠江二俣まで直通運転していた時代


北陸鉄道能登線へ転出後のキハ5211   羽咋 1972.03.04

国鉄七尾線羽咋駅の左端に能登線ホームがありキハが発車を待っている.

雪の能登海岸沿いへ向かうキハ5211  以上モノクロ4点 撮影:田辺氏
(北陸鉄道能登線1972年6月廃線)


筑波鉄道で最後を迎えたキハ461  1987.03.14
(筑波鉄道1987年4月廃線) 

今、鉄道博物館に展示されているキハ41307はごくありふれた国鉄04形気動車だが、車内に座って国鉄払下げ後ここへ来るまでの歴史・・・電化線を走った遠鉄時代、能登の荒海沿いを走った時代、春の筑波山麓を走った時代・・・などを思い浮かべてみると車内を見る目も変わってくる。

2015年3月28日土曜日

遠州鉄道二俣線 真っ赤な気動車(続1)

遠鉄二俣線のキハ801と803の写真は既にブログで紹介済みで、キハ802の写真を探してみたのですが見つかりませんでした。
そこで気動車が活躍していた当時の西ヶ崎車庫その他の画像、そして青蛙さんが撮った真っ赤な気動車の貴重なカラー写真を拝借しアップしてみました。


遠鉄二俣線キハ803 西鹿島 1964.03.25  撮影:青蛙さん
左手向こうに見えるホームが国鉄二俣線でしょう.

 モハ2とキハ801 西ヶ崎車庫 1964.03.25


モハ2

まだ珍しかった女性車掌 西ヶ崎駅

 モハ32

 モワ201
モワ202

遠州鉄道の二俣線と奥山線が接近する遠鉄浜松駅

遠鉄奥山線 遠鉄浜松

2015年3月16日月曜日

遠州鉄道二俣線 真っ赤な気動車のその後

先日、遠州鉄道二俣線の元国鉄41000形真っ赤な気動車の話題が出たところで、その内の1両がさいたま鉄道博物館にやって来るまでの数奇な経歴を写真でたどってみました。


遠州鉄道にいた3両の赤い気動車のその後

・国鉄キハ41305→遠鉄二俣線キハ801→1967年 北陸鉄道能登線キハ5212→筑波鉄道キハ462(1981年廃車)

★国鉄キハ41307遠鉄二俣線キハ802→1967年 北陸鉄道能登線キハ5211→筑波鉄道キハ461(1985年廃車)→さくら交通公園保存→2007年鉄道博物館 国鉄キハ41307に復元

・国鉄キハ41300→遠鉄二俣線キハ803→1967年 北陸鉄道能登線キハ5213


遠州鉄道の真っ赤な気動車キハ801 1964.03.25
キハ802と同形のキハ801と803.

遠州鉄道で初めて見た真っ赤な気動車キハ803 遠鉄浜松 1963.04.04

 国鉄二俣線へ乗入れていた遠州鉄道キハ803 西鹿島 1964.03.25

 北陸鉄道能登線キハ5201(元国鉄41000形)  1962.08.02
この写真の5年後に遠州鉄道の気動車キハ802、801が入線し、その時もこんな風景を走っていたのでしょう.

筑波鉄道で元遠鉄キハがまだ活躍していた頃  1978.11.05
元遠鉄の真っ赤な気動車2両は北陸鉄道を経て筑波鉄道へ入線した.

廃線間近の筑波鉄道キハ461(1985年廃車)  1987.03.14
元遠鉄のキハ802は北陸鉄道を経て筑波キハ461となり今は鉄道博物館に保存.

さいたま鉄道博物館のキハ41307  2007.10.14
国鉄キハ41307は遠州鉄道、北陸鉄道、筑波鉄道を経て元の国鉄キハ41307に復元された。
これを見学した時に遠鉄の真っ赤な気動車の数奇な経歴を知っていれば感無量であっただろう。改めてさいたまへ見学に行ってみたい。


参考 「消えた轍」ローカル私鉄廃線跡探訪3 寺田裕一著 ネコ・パブリッシング発行

2011年7月12日火曜日

遠州鉄道二俣線 古典名車モハ1形

1964(S39)年春に西ヶ崎車庫を訪れると、第一線を退いた古典名車モハ1形が入換作業に余生を送っていた。1923(大正12)年の改軌・電化に際し日本車両に発注した5両で、生き延びた4両(モハ1、2、3、5)の美しい姿を見る事ができた。ドア上部が楕円形に縁取られた美しい車体に大きなブリルMCB台車を履き、奇麗にちゃ色に塗装された姿が堂々としていた。
こんな古典電車も消えゆく運命で、この年(S39年)の秋には奥山線も全廃となり、遠州鉄道の近代化が進められスカーレット一色に塗られた湘南スタイルの電車が象徴的であった。

入換作業のモハ3. 遠州西ヶ崎 1964.3.25

 
モハ1と5

堂々とした古典名車モハ2

1923(大正12)年の古典名車登場から35年後、
1958(S33)年登場した湘南スタイル モハ30形の時代へ.
遠州西ヶ崎. 1962年~ツートンカラー→スカーレット一色へ. 1964.3.25

2011年7月11日月曜日

遠州鉄道二俣線 真っ赤な気動車

遠州鉄道奥山線に向かうのに乗ったのが遠州鉄道二俣線で、度々の改称で今は鉄道線となっている。初めて訪問した時、遠鉄の新浜松駅で真っ赤な電車が待ち受けていた。毎度奥山線のついでに立寄っていたが、電鉄線なのに気動車が走っていたのが印象的であった。


狭苦しい新浜松駅 1963.4.4


二つ目の遠鉄浜松駅から奥山線が出ていた.右手が遠鉄二俣線ホーム


遠鉄浜松駅を発車した奥山線の気賀口行.


奥山線の軽便の脇を真っ赤な気動車キハ803が走っていたが、
当時 国鉄二俣線遠江二俣駅まで直通運転していたのを後になって知った.
  遠鉄浜松 1963.4.4


キハ803   遠州西ヶ崎 西鹿島 右手が国鉄二俣線  1964.3.25


西ヶ崎車庫のキハ800形(801~803)  
キハ802は北鉄能登線→筑波鉄道→つくば市さくら交通公園→さいたま鉄道博物館展示
と数奇な運命をたどった。