案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2018年5月23日水曜日

ストロー状ネガの再生

昭和38年3月に撮影した東武中千住駐泊所。ビネガーですっかりストロー状になったネガを開いて数枚だけ再スキャンのテストをしてみました。

中千住から業平橋へ向かう64号ネルソン。1963.3.25
ストロー状ネガのスキャン

正常なネガのキャン(2011年)


ストロー状ネガのスキャン

正常なネガのスキャン(2011年)

スキャンの結果は画像に歪みや縮みが発生しているが、ストロー状のネガは捨てずに、もう少しとっておくことにした。

2018年5月21日月曜日

能登の漁港に近い小さな駅

人も民家もカットされた風光明媚なお立台の素晴らしい写真を何十枚見るより、今になってみると、こんなジオラマの題材のような写真をじっくり見る方が楽しい。

北陸鉄道能登線が羽咋を発車して二つ目の「滝」、何でこんな駅を撮ったのかは記憶が定かでない。

能登の漁港の近くにあった小さな駅「滝」は、ガンガン照りの太陽の下いかにも真夏らしい風景で、列車が来るまで静まり返っていた。

言われてみて気付いたが、踏切標識、電柱、警告看板などいろんなものが傾いていた。こんな傾きも気にしない社会であった。

草むした構内で遊んでいる子供たち。
未舗装で真っ白に乾いた道路を、日傘を差して歩く女性が二人。
道路沿いの傾いた電柱に裸電球の街灯が一つ。
生い茂った草に埋もれてしまいそうなホーム。
踏切に立ててある線路通行禁止の看板。これも傾いている。
スプリングポイントの向こうに拡がる駅。
駅の周りに並ぶ古めかしい昭和30年代の民家。

撮影1962.08.02

真夏の炎天下、港町にある草生した駅は静まり返って潮の香りが漂ってきそう。海がすぐそばに。
 
駅に人影はなく無人駅と思ったが滝駅の切符を買ってあった。


やがてやって来たのは片側バケット付の気動車キハ5201。踏切標識が大きく傾いていても気にしない社会。滝駅を過ぎると車窓一面に能登の海が開ける。

これらの写真を見ると漁港との位置関係を地図で調べたくなるものです。

廃線跡は129号線道路ではなく、その奥のきれいなカーブと直線を残す自転車道が軌道跡でしょう。踏切の位置からすると滝駅はこのあたりにあったと推測される。

鉄コレのキハ5201が走る漁港のジオラマが目に浮かぶ。

この辺りで前方に海が開ける。海沿いへ向かう線路跡がサイクリングロードとしてはっきり残っている。

2018年5月17日木曜日

沼尻の落穂写真

以前から何回かオリンパスペンSで撮った軽便を紹介してきましたが、沼尻もオリンパスペンSで撮った写真は、軽便の面白さで1点たりとも無駄がありません。そんな沼尻から未公開画像を集めてみました。お題の「落穂写真」の呼び方は夢遊仙人さんからです。
             
撮影:1964.1.2~3

スキー客満載した列車の牽引を終えて一休み。沼尻のデルタ線構内。


スキー客はここから沼尻スキー場へ向かった。沼尻スキー場がある沼尻温泉まではかなり距離があるが、駅前には何もなく、きっと川向うにバス発着場があったのでしょう。

川桁行き列車が発車を待つ沼尻駅。この1枚のみ35mmカメラで撮影.

単車の客車からの眺めは、線路だけで絵になる風景。 よく見れば酸川野停留所であった。

会津樋ノ口で客車を増結。
位置を変えてもう一枚。左側にホームがあったのですね。右手に駅舎らしい建屋が見える。

最後部に1両増結が完了した長大編成の列車。会津樋ノ口

会津下館の駅舎。 手書きの駅名表示が味わい深い。

客車総動員の正月の列車は、数えると5両の凸凹編成。
右へ左へとカーブし高原列車は走る。

 小さなターンテーブル、給水塔、給油所などがある川桁の車庫風景。
昔、ここでコッペルCタンクが休んでいたことでしょう。

単端ガソと硫黄運搬の貨車群。翌日、単端は小屋の中に引っ込んだ。 川桁

2018年5月11日金曜日

井笠鉄道 早春の陽光

今回の写真集では井笠鉄道(タイトル:早春の陽光)でネガカラーをモノクロ化して何枚か使っています。上手く行ったもの、不満なものいろいろですが、その他のネガカラーをモノクロ化してみました。山陽の春の陽ざしを浴び、軽快に走っていた井笠鉄道が印象的でした。

井笠といえば非電化軽便、軽便王国など無機質なタイトルがよく使われますが、今回の写真集では各路線のタイトルに拘りました。この3月初旬の山陽地方の井笠につけたタイトルが季節を感じる「早春の陽光」でした。

撮影:全て1967.3.8
ホジ101形が客車と貨車を牽いて走る。 北川-新山 
鉄道画報の連載「昭和軽便めぐり」でモノクロにして使った1枚。

大井村-小平井 1967.3.8

矢掛駅風景。 ホジ7とホハ2 

ホジが単行で往復していた矢掛線。 北川近く

北川を発車し井原へ向かう混合列車。

2018年5月8日火曜日

横手の1枚

もう何回もアップしてきた羽後交通横荘線の横手ですが、この混合列車の写真は、列車が小さ過ぎて、これまでトリミングで周辺をカットし列車を大きくしたものを使ってきました。

ここに貼った1枚はFBに投稿したもので、トリミングをやり直して周辺まで取り込んだものです。邪魔だと思っていた鉄塔も入れてみると意外です。小さすぎると思っていた列車もそうではなかった。

横荘線の混合列車 横手 1966.03.04
遠くに見える横手機関区の煙、横荘線の車庫だけでなく、鉄塔、横手市内の電波塔など、ありのままに入れたトリミング。
その結果、これまで↓と違って写真の余白が多くなり写真に拡がりがあり、写り込んだ情報量が増える。電柱などノイズも敢えて取り込むのが宮本常一流の撮り方であった。


これまでに使った写真で、無駄を排除し車両を手前に引き寄せたトリミング。
鉄塔が見えない送電線ケーブルが気になるし、1枚の写真の情報が少なくなってしまい、上と比べるとつまらない。


2018年5月7日月曜日

吉永陽一さんの写真展

このところ写真展めぐりが多いのですが、昨日は六本木で開催中の
空撮写真家の吉永陽一写真展「いきづかい一いつもの鉄路」を見てきました。

全倍サイズの空撮を主体に、空撮の間にお馴染みの路線を6×6で撮った
鉄道の日常風景を組合せた作品集。
凝った光と影の写真などばなくて、記録写真のせいか分かり易いですね。
そして上手いですねワンパターンにならない展示方法で見る者を飽きさせない。
六本木の東京ミッドタウン「富士フィルムフォトサロン」で 5月10日まで開催中。

華やかな場所の華やかな会場で、華やかな写真展がお似合いでした。いろんなお客さんが入ってきて賑わっていた。ただ、ミッドタウン初めての私にとっては会場に着くまでがひと苦労でした。

全倍サイズの空撮を主体に、その間にお馴染みの路線を6×6で撮った鉄道の日常風景を9点。

全倍の間に1点ある特大サイズは1500×1000とか。

特大サイズの工事中の渋谷駅。

東京ミッドタウンの五月晴れ

2018年5月3日木曜日

福島「さいわい橋」の写真

福島交通軌道線「さいわい橋」 1966.12.31

お馴染みとなった福島の「さいわい橋」の写真。上の写真は本発売が近づいてきた3月初めにブログにアップしたものです。PC(ウェブバージョン)で見ると、右に並ぶ本の表紙と似たような写真ですが、実はこの2枚に大きく違うところがあるのです。

本の表紙カバーを外して見て戴くと分かりますが、表紙の写真↓は左の山並みを画面にとり入れ電車を右に寄せたところが、上の写真と大きく違っています。


「さいわい橋」は更にもう一枚あり、本編の見開き↓に使っていますが、結局、上の写真は没になりました。やはり写真の使い道などを考えると、上の写真の構図(日の丸)は避けた方がよさそうです。


唐橋宙子さんが唄う「虹を(feat.フラガール)」を聴いて、PC画面で美しい福島を思うには電車が小さく写った上段の写真が最適です。
歌詞はこちら→https://www.uta-net.com/movie/47621/

2018年5月1日火曜日

軽便模型Oナローのアーチバー台車

買いためたアーチバー台車(TR41含む)を並べてそろそろ結論出さねばと、実物客車記事も並べてみました。
Oナロー1/48で客貨車を作るとすると、下右からケーディとバックマンが極小クラス、日光モデルが中型クラスで、日本の軽便の標準的サイズに近い。

下左のTR41(昨日買った900円)ですが、サイズが中型アーチバーの代用品によいかと思います。
上の大型アーチバーは、草軽や栃尾貨車でもつくらない限りあまり使わないでしょう。
車輪径とホイルベースを組み合わせることで草軽クラスの大型アーチバーに近づけられる。

結論: 日光モデルTR20のサイズが、車輪径を組合わせて仙北や奥山線の美しい客貨車の足廻り感を出せるということに。仙北や奥山線の客貨車が作りたくなって来ました。


極小~大型は、Oナロー1/48の台車として見た場合。

これにOJの36ゲージ標準アーチバーを並べてみれば、軽便アーチバーがとんでもなく小さい! がよ~く分かるでしょう。

過去にアップしたの軽便のアーチバーの記事。

「客車とアーチバー」
https://umemado.blogspot.jp/2011/05/1.html

奥山線の丸妻客車。
https://umemado.blogspot.jp/2013/09/blog-post_11.html

沼尻の客車
https://umemado.blogspot.jp/2013/09/blog-post_16.html


浅草に行って驚いたこと。

東京に住んでいても滅多に行くことがない浅草。
昨日は浅草界隈を散策し、浅草寺のすぐ隣で開催中の第15回 鉄道模型市2018年を覗いてきました。

浅草にやって来る外国人観光客が何と多くなったことか、知らないのは私だけ。
私が持っていた浅草のイメージが大きく変わった。

そして、鉄道模型市2018の活況、Nゲージ主体くらいに思っていたが、幅広く各ジャンルにこれだけ鉄道模型ファンが集まるとは 驚き! でした。鉄道模型ファンの市場が急速に拡大中なのでしょうか。


今の浅草、大変な国際観光スポットになったものだ。 

浅草と言えば東武鉄道そして東京スカイツリー。2018.4.30


スカイツリーと言えばその下の駅(旧業平橋)の側線に、古典ロコの廃車が大量に並べられていたのは今から55年も昔のこと。 1963.11.24

業平橋の側線にゴロゴロいた古典ロコ  1963.11.24

2018年4月26日木曜日

ネガの対処策。豊橋鉄道

ビネガーシンドロームが発生したネガの対処策の記事を削除します。
一体何が正しいのか、しばらく様子をみます。
水洗は厳禁です。

廃棄予定だったネガのカールを処置して再スキャンしたのが以下の画像です。

豊橋の魅力的な車両は過去にアップ済みで、今回は画像を大きくした再掲です。
通勤時間帯に活躍していたク2280形(2281)   1963.4.4 高師駅


元三河鉄道のキハ150で制御車に改装された魅力溢れるク2280形2282

モ1301+ク2281
電動車は昭和30年代 地方へ転出した西武モハ101/クハ1111形9両の内の2両で、渥美線のモ1301、1302は車体延長された3扉タイプ。


渥美電鉄開業当時からの古典電車 モ150形152+151.高師

豊橋駅脇にある新豊橋駅で朝の一番電車.
元西武モハ221形→豊橋モ1701端正なスタイルの時代。

新豊橋を出で国鉄ヤードの隅を走る。