西馬音内駅の薄暗い待合室に入り、その先に広がる街並みを見て、
「駅舎も町も、なんとうす汚いのだろう」と思い、
カメラ向けたのは、たった一枚これだけだった。
あの時は、駅舎や町の魅力が見えていなかった。
40年、50年という歳月が流れ、
ようやく、あの時代の駅舎にも、あの街並みにも、
失って初めて気付く風情や情緒があったことを知る。
車両だけではなかった西馬音内の魅力。
思い切って処分するのが殆どですが、昨日、紙類を処分していたら、こんな記録が出てきました。2018年、写真集出版と新宿リコーでの写真展。私の趣味活動が最も活発な頃の記録です。
写真展の感想ノート、写真展の記録、地方私鉄めぐり青春の記録、数々の祝賀会記録……。これだけは、処分することのできない宝物です。ページをめくると、当時いただいた温かい感想や励ましの言葉が、そのまま残されています。
あの頃、写真展や記念イベントに足を運んでくださった皆様、ブログをご覧いただき応援してくださった皆様、、あらためて心より感謝申し上げます。
あれから早や八年。世の中も大きく変わり、私自身も鉄道写真への想いが少しずつ変わって来た感じがします。あの頃に思い残すことなく取り組めたからこそ、今は新しい表現へすこしだけ歩みはじめています。
これからも、昔と同じことを繰り返すのではなく、その時々の自分らしい形で心に残る風景や人の余韻を追い続けていければと思っています。
古いモノクロ画像をAIでカラー化するキッカケは、昭和30年代(1960年代後半)の地方私鉄の奇妙な車体カラーを再現する「記憶にある色を求めて」でした。
モノクロ画像をあえてAIの変なカラーにしてどうするの? そんな声も聴こえそうな中を、単にカラーにすることではなく、その後の情景のAIカラー化も同様で、ある目的にかなう画像だけを取上げてきました。
「記憶にある色を求めて」で、まだ満足行かない色の沼尻や法勝寺線を除くと、ここに並べた車体カラーがほぼ記憶にあるイメージに近いものでした。
あと沼尻と法勝寺線で車体カラー・シリーズは終了です。
2011年8月3日にアップした記事より。
夏になると思い出されるのがお盆シーズンの賑わい、そして上田駅の色のこと。
夏休みを使ってよく地方へ撮りに行くことがあったが、8月はちょうどお盆のシーズンで地方私鉄はどこも帰省客など人々の移動で賑わっていた。信越本線上田駅で国鉄に接続する真田傍陽線と別所線では国鉄からの乗換え客で賑わい、夏休みに家族連れでこの私鉄沿線に帰省する人達も多かったのだろう。

モノクロ画像を、chatGPT画像の調整仕上げで使用しているのと同じ、Adobe Express無料版で仕上げてみました。いつまでも無料。
期限過ぎると有料になる無料体験版Adobe Express Premiumとは違う。
やはり、ブログをPC画面で見るのが私にとって一番楽しめそう。
新しい媒体にも投稿してみたが、「味わい深い鉄道」の写真を理解する人は皆無のよう。
きっと世代が違うせいでしょう。
「味わい深い鉄道」を写真で楽しむには、やはりブログがよさそう。
AIによるカラー画像の鮮明化の一枚。
chatGPTの生成画像そのままで、あり得ない青みだが敢えてそのまま。

先日のAIカラー化画像で、いろいろ並べてみました。②が7月10日に投稿した明るめ画像です。
「曇天の加賀平野」
加賀温泉郷が衰退する、ずっと前、動橋から山代温泉行きの電車が走っていた。
今の世の中、ブログは殆ど消滅かと思っていたら
そうでもなさそう。
リンクさせて頂いているブログ以外、
私はまず見ることがなかったブログ。
今も昔も、鉄道ブログの主体は「今の鉄道情報」
のような気がする。
そして、誰かが言っていたように写真は
益々車両写真に向かっているのは確か。
私にとって殆ど無縁の「今の鉄道情報」

機芸出版社から出版した「地方私鉄 失われた情景」の三山線でモノクロにして使った一枚です。
このネガカラー画像は不鮮明で色がよく分からない画像。AIでカラー鮮明化してみると白い月山がハッキリしてきた。ボケた果樹園の花のカタチも色もよく分かる。
モノクロ画像→カラー化の場合と違って、AIが勝手に造形することはなく、元のカラー画像鮮明化だけなのが安心できる。
「真夏の淡路 宇山駅」
洲本駅を発車した電車は民家の裏手をかすめるように走り、洲本川を渡り左へカーブするとほどなく宇山駅に到着した。