案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2019年9月30日月曜日

第15回軽便模型祭2

南軽出版局から今回発売された「軽便鉄道雪景色」「基隆&瑞三炭鉱鉄道」「軽便賛歌Ⅸ」

1/80 9mmナローの車体ペーパーキットが目立ってきた。
Moso Factoryから日本鉱業佐賀関鉄道ケコキハ511の車体キットが発売され、年末には何と異色のケコキハ512の発売が予定されている。
そしてIori工房からは下津井のオープンデッキ客車ホロハ3→ホハ10の車体キットが発売された。

今年の軽便モジュール倶楽部は音声入りでさらに実感高まってきた。
もしかしたら栃尾線モハは垂直カルダンの音声だったかも??

Oナローモジュール倶楽部。
舘野さんの2019TMSコンペ入賞作品「田植え日和」、稲の数だけ穴をあけてそこにネコジャラシを2400本植えたそうだ。

北九州から磯野さんの新作。

磯野さんの下津井軽便鉄道~鷲羽編~

来客ピークが過ぎた午後の会場。

2019年9月29日日曜日

第15回軽便模型祭1

今年の展示では畑中さんの仙北鉄道レイアウトには驚きました。
昨年講演した仙北鉄道の瀬峰駅が1/87 9mmゲージで再現されているではないですか!!


昨年の軽便祭の講演会「仙北鉄道2話」が記念講演記録「軽便賛歌Ⅸ」になって本日の軽便
祭で発売されました。出版元:南軽出版局

上記の記念講演記録を開いて瀬峰駅の写真が飾ってありました。

仙北鉄道の瀬峰駅

仙北鉄道瀬峰駅のりば。

これぞ軽便の楽しさ! 軽便と国鉄の貨車の大きさの違い。私はこれを作りたかった。

2'6''ゲージ仙北と3'6''ゲージ国鉄が並ぶ軽便ならではの楽しさ。

貨物の主役DC102、DC103

2019年9月25日水曜日

久しぶりの西武鉄道撮影

2012年12月に西武N101系が消えてから一眼やミラーレスで撮ることは殆どなくなり、その後はiPhoneでたまに撮るだけで7年ぶりにミラーレスで西武線を撮ってみました。
ミラーレスカメラの7年のデジタル進化は驚きです。

撮影:2019.9.25
元加治

元加治-飯能

仏子-元加治 
ここへ来たのはまだ見たことない新型特急ラビューを撮るため。ところが今日はダイヤが乱れやって来なかった。10月21日~池袋線・西武秩父線の新型特急を増発し今年度中にすべて新型特急に置き換えになるそうだ。

仏子-元加地

どうということのない日常風景。所沢

西日に光るポイント。 田無


2019年9月24日火曜日

遠鉄二俣線の赤い電車

奥山線を初めて訪問した1963年、当時は遠州鉄道二俣線(現鉄道線)はこんな新浜松駅から発車していた。まだデビュー間もないモハ30形の真っ赤が強烈で、その隣にいたモハ11はこの後すぐ消えてしまったようだ。

撮影:1963.4.4
新浜松駅

新浜松駅

新浜松から二つ目の遠鉄浜松駅で奥山線と接続する。

二俣線の赤い電車。遠鉄浜松

二俣線の赤い気動車キハ803。遠鉄浜松

2019年9月22日日曜日

お知らせ 第15回軽便鉄道模型祭り


1.毎年恒例の第15回軽便鉄道模型祭りプレイベント講演会が開催されます。
https://keibenfes.exblog.jp/239477148/

来る9月29日に第15回を開催予定の『軽便鉄道模型祭』ですが、その前日に当たる9月28日に、同じ会場にて講演会『軽便讃歌Ⅹ』を開催いたします。
今年もまた、ベテラン趣味人の方々により、貴重な映像を交えながらナローゲージの魅力を語っていただきます。

・期日:2019年9月28日(土)
・会場:綿商会館 4Fホール
 (東京都中央区日本橋富沢町8-10)
 最寄駅:東京メトロ日比谷線 人形町駅/都営浅草線 人形町駅・東日本橋駅/
 都営新宿線 馬喰横山駅/JR 総武快速線 馬喰町駅
会場地図 http://www.mensyou.co.jp/map.htm
・開場13:00・開演13:30
 ●入場料:1000 円


2.その翌日に同じ会場で軽便模型祭りが開催されます。
https://keibenfes.exblog.jp/239368734/

・期日:2019年9月29日(日)11時~18時
・場所:綿商会館 4・5F ホール(※入場受付は 4F)
 ●入場料:500 円

2019年9月18日水曜日

鉄道模型趣味誌の連載記事 第4回

まもなく発売の鉄道模型趣味誌10月号。
「地方私鉄 失われた情景」シリーズの第4回は非電化路線の東野鉄道です。
那須連峰を望む12月の黒羽駅を中心に取り上げてみました。
写真の1966年はすでに小さなボールドウィン1B1タンク機や二軸ガソリンカーの時代は終わっていましたが、模型ならこれらの車両を入線させて東野鉄道の良き時代が再現できるでしょう。



衝撃的な1/80ライブの記事。


2019年9月16日月曜日

江若鉄道 朝の叡山駅

右手、琵琶湖方面から朝日が差し込む叡山駅に列車が到着する。
間もなく1970年代を迎えようという時代にまだこんな美しい風景が残っていたのでした。


叡山駅の砂利に残るほうき目。 1969.10.19


2019年9月14日土曜日

江若鉄道 三井寺下

関西のディーゼル王国だった江若は大私鉄で、私は車両にそれほど関心はなかった。
しかし駅や沿線各所に味わい深いものがあったのは、琵琶湖畔の素晴らしい土地柄のせいなのだろう。
三井寺下の駅に着いたのはまだ日が出ていない寒い早朝だった。空が澄んでいて今日一日よい天気になりそうであった。駅で撮っているうちに日が出てきたが朝は弱い日差しで、駅には乗客の姿が全く写っていなかった。11月1日廃線の10日ほど前のこと。

撮影:1969.10.19
三井寺下の駅と周辺の民家のつくりが味わい深い。

陽が差し込んできた早朝。左手は浜大津で右手には大きな車庫があった。背後の建物がいいですね~。

浜大津からやってきた堂々とした朝の三連。

山並みを背後にして広々とした三井寺下構内。

あと10日ほどで廃線となる三井寺下駅で最後のお勤め。

静まり返った構内。


車庫にいたびわこ型気動車

2019年9月12日木曜日

「お知らせ」の引き出し

「お知らせ」の引き出しを開けて2014年12月10日の記事を読み返してみました。
あの頃はもう終わりかと思っていたところ、その後5年ブログは何とか持ちこたえました。

あの記事の2年後2016年秋頃にやっと下記のコンセプトが固まったのです。
「美しき日本の風情」あの頃の日本、決して美しい風景ではなかったが、そこに美しい日本の風情があった。これを私の写真集の根幹としました。

遠い昔に撮った鉄道写真はノスタル爺趣味だけではない。では何なの? を言葉で表現するヒントになったのが皆さまからのコメント欄の感想でした。これはほんの一例で、改めて皆さまからの沢山の感想に感謝申し上げます。
katsu


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2014年12月10日「おしらせ」
「喜多見の闇夜の電波塔」以来、ブログも途絶えすっかりご無沙汰してしまいました。

半月近くブログが死んでいるとアクセス数もガタ落ちかと思いきや、暫くは1000/日を確保していたのは大変有り難いことで励みになりました。
日々過ぎ去るホットな話題のフロー型情報ブログと違って、50年も昔の写真のストック型情報ブログはいつか終わりの時がくる、と思いながら気がつけば何と4年半も経ってしまいました。これだけ続けて来れたのも、常に1000/日を超える皆様からのアクセス数継続のお蔭です。

暫くはブログに今までのような時間を掛けられなくなり、のんびりペースで中断もあるかと思いますが、今後とも「地方私鉄1960年代の回想」をどうか宜しくお願い致します。
katsu


山形交通 尾花沢線
2010年初頭にアメブロ「多摩湖線」で軽い気持ちでアップした初めての地方私鉄画像。ここからGoogle Bloggerへ乗り換えて今の地方私鉄ブログが始まった。アメブロでブログを始めたあの原点から5年も過ぎ去っていた。

2019年9月7日土曜日

江若鉄道 白髭~北小松間 リニューアル

秋の琵琶湖の湖畔を走る白髭~北小松間を再度アップしてみます。

撮影:1969.10.19
ここは白髭駅でその先にある「湖中鳥居」、駅を出て左手へ進むと白髭神社へ向かう。
よ~く見ると、駅舎が神聖な白髭駅にふさわしい神社風のつくりです。

近江今津方面からやってきたキニ4が、左に湖中鳥居を見て白髭駅に到着する。


写真① この位置でもう少し引き寄せたのが先日のカラー写真です。

写真① 小さな半島のところで旧道はSカーブして江若鉄道の踏切を渡り山側となり、線路はここから白髭まで湖畔ぎりぎりを走り、前方に白髭神社の湖中鳥居が見えてくる。現在は線路と旧道が一体となって西近江路161号になっているようだ。

写真② 北小松を出た丘の上から撮った写真で、前方の小さな漁港の入江は現在もある。
白髭に向かう気動車は右に緩くカーブして進み西近江路と合流し、この道路を挟んで湖畔を走る。写真を撮った丘陵の下を現在は「湖西線」のトンネルが突き抜けている。

高架とトンネルの高速鉄道湖西線は全線に亘り江若鉄道の廃線跡の転用は少ないようで、
北小松~白髭間の廃線跡は湖西線でなく西近江路に転用されているようだ。


写真③ ②と同じ場所で気動車が道路を挟んで湖畔を行く。

江若鉄道の北小松駅はその後湖西線の北小松駅となり、今やこんな風景の面影は全く残っていない。
秋の北小松駅