案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2021年1月20日水曜日

早春の津軽五所川原駅

 本日発売の鉄道模型趣味(TMS) 2月号の"失われた情景"第20回は津軽鉄道です。

現存している路線でしかも多くファンが撮影している人気の津軽鉄道。
何が失われたのかをどう表現するか、えらい時間を掛けた原稿でした。

乗客の賑わいと様々な車両が在籍しよくこんなに居たと思われる車両の数。
それと当時健在であった貨物輸送など、ある時代の津軽五所川原駅風景があった。





今月号は何故かモノクロ印刷が素晴らしく岩木山が列車の背後にうっすらと出ています。

2020年12月5日土曜日

津軽鉄道

 雑誌の原稿で僅か数行の文章でデータ付合わせや調査の時間、無駄な努力とは思いますが仕方ありません。いっそ譲渡経歴や形式、系や形の使い分け、在籍時期などは省いてしまえば良いのかも知れません。


津軽半島の○○山系を背後にDD350形が牽く混合列車が五所川原へ向かう。
一野坪(S49年廃止駅)~十川 1966.3.3


西武所沢工場で改装され1965年に入線したナハフ1203(元西武151形)


旧塗装色のキハ2406(元三岐鉄道)

2020年12月1日火曜日

津軽鉄道のオハ31形

そろそろ津軽鉄道の原稿を書かねばと先日は大宮の鉄道博物館へオハ31形を訪ね、しばし温もりの木製車内を味わってみました。

コロナのため当館窓口・券売機での「入館券」の販売はいたしません。ご入館の際は、必ず予めセブンイレブン、ローソン、ミニストップ店舗にて販売する時間指定の「入館券」(枚数限定)をご購入ください。

とのことで事前に時間指定の入館券を購入して入場したものです。入場制限で館内はひっそりとしていて、ゆっくりと見学ができました。

津軽五所川原で撮った津軽鉄道オハ313+311+312。1966.3.3
煙突が二つ出ている。

駅構内で休んでいた3両のオハ31。


この写真の西武所沢工場製 客車3両導入で、これに入れ替えと思ったそれまでのオハ31は何と1983年まで現役であった。

国鉄オハ3126に復元された津軽鉄道オハ311

名物の車内ストーブ

コロナ対策の入場制限でひっそりとしていた館内。

オハ31系と言えば倉敷市交通局にもいた払下げ車。1962.07.30
前年に国鉄から払い下げを受けこの年の2月に認可得たばかりのオハ31系4両.水島工業地帯の通勤ラッシュ時にディーゼル機牽引で運用されたようだ.日中はこうして遊んでいた。

2015年11月1日日曜日

津軽鉄道

昨日と本日に津軽鉄道85周年記念イベントがあるのですね。
多くのファンが駆けつけているようで、
50年も昔に見たDD35型が牽く列車の今を見てみたいものです。
DD35型  五所川原  1966.03.03
五所川原機関区


キ1とキハ2406
オハ31系(元国鉄)とナハフ1200形(元西武)

2014年6月18日水曜日

早春の津軽平野

津軽平野の鉄道を訪問したのは1966(昭和41)年の3月初めであった。
花輪線の龍ヶ森で86三重連を撮って陸中花輪で一泊後、陸中花輪の始発に乗り早朝の大館へ出た。
この頃の奥羽本線は蒸機列車がまだ盛んに走っていて大館は蒸機で賑わっていた。

早朝の大館駅 花輪線の86 1966.03.03

早朝でまだうす暗い大館駅. 奥羽本線青森行き鈍行列車

うす暗い大館駅を6:32に青森行鈍行列車が発車した。 秋田・青森の県境矢立峠を補機をつけて越え、弘前まで1時20分ほど。朝の車内の殆どは弘前へ通う高校生達で通学列車であった。山並みが去り勾配を下ると津軽平野が開け遥かかなたに白く光る岩木山が見え、美しい光景だ! いかにも津軽へやって来たという感じがしたものだった。到着した弘前の駅は朝の勤客・通学客で活気を帯びていた。

 弘南鉄道から見た津軽富士(岩木山)
津軽平野を走る弘南鉄道、弘前電鉄、津軽鉄道、国鉄五能線は津軽富士(岩木山)を背に凍りついた残雪の田畑の中を個性溢れる旧型車両が走っていた。

津軽富士を背に走る弘南鉄道  1966.03.03
朝のラッシュが過ぎ、のんびりした頃

弘前の裏町から出ている弘前電鉄の電車

五能線の五所川原駅で跨線橋を渡ると津軽鉄道のりばがある. 1966.03.03

五能線の五所川原駅.津軽鉄道の金木、津軽中里方面への乗換え案内がある.

殺風景な津軽鉄道の五所川原駅ホーム

岩木川を渡る五能線86列車. 五所川原

五所川原17:30発の五能線下り列車を岩木川鉄橋で撮り終えると辺りは急激に暗くなり五所川原の街に灯りがつき始めた。気がつけばこの日は朝にパン一きれをかじっただけ、まともに食事する時間もなかった。今夜のねぐら青森発23:45の急行「八甲田」が発車する青森で駅前に出てこの日初めてまともな食事(定食)にありつけた。夜行列車で数時間寝ると翌朝4時過ぎには花巻下車となる。

2011年12月13日火曜日

津軽鉄道 津軽五所川原駅2

国鉄五能線五所川原から出ている津軽鉄道は、津軽半島の中ほどにある津軽中里まで今でも走っている。今や冬の東北観光コースの中に「ストーブ列車乗車」のメニューが組み込まれ、有名になったものである。観光化とはいえ今の津軽鉄道の車両には変な細工がないのが嬉しい。

撮影 1966.3.3
後部に客車を2両連結された混合列車が岩木山を背に五所川原を出発する。 津軽五所川原 - 十川

気動車に牽かれて走る改装後真新しい元西武車.  津軽五所川原 - 十川
西武のクハ1151形3両が客車化され津軽に譲渡されたのは1965年7月.
その翌年に見たこの元西武車の客車がとても奇麗であったのが印象的。

津軽五所川原に向かって戻ってくる混合列車。  十川 - 一野坪
後部に連結された客車代用のキハ2400形

津軽鉄道の近くを走る五能線86が牽く混合列車.  五所川原 - 木造

 
元三岐鉄道から3両譲り受けたキハ2400形

 
1983年までストーブ列車として使用された元国鉄オハ31系


津軽で生き延びた元西武1151系改装の客車


当時は最新であったキハ24000形(24021 - 24024)も今や消えた過去の車両となってしまった.

2011年12月12日月曜日

津軽鉄道 津軽五所川原駅1

昨年5月に津軽五所川原駅をアップしましたが、更に画像を追加してリニューアルします。

津軽で弘前電鉄、弘南鉄道と言えば次は津軽鉄道となる。
国鉄五能線に乗って津軽五所川原で降り、跨線橋を渡ると津軽鉄道の客車が待ち受けていた。
例の元西武1151系3両が客車に改装されて前年に入線したばかりでここでもピカピカであった。

撮影 1966.3.3
津軽鉄道 津軽五所川原駅. オハ31系や元西武ナハフの客車が並んでいる.
五能線からの乗換え客が津軽鉄道の列車へ向かう.


国鉄五能線 五所川原駅.  五能線の名物ハチロク蒸機が走っていた時代

五所川原機関区風景


今も活躍しているDD35型