案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2020年12月1日火曜日

津軽鉄道のオハ31形

そろそろ津軽鉄道の原稿を書かねばと先日は大宮の鉄道博物館へオハ31形を訪ね、しばし温もりの木製車内を味わってみました。

コロナのため当館窓口・券売機での「入館券」の販売はいたしません。ご入館の際は、必ず予めセブンイレブン、ローソン、ミニストップ店舗にて販売する時間指定の「入館券」(枚数限定)をご購入ください。

とのことで事前に時間指定の入館券を購入して入場したものです。入場制限で館内はひっそりとしていて、ゆっくりと見学ができました。

津軽五所川原で撮った津軽鉄道オハ313+311+312。1966.3.3
煙突が二つ出ている。

駅構内で休んでいた3両のオハ31。


この写真の西武所沢工場製 客車3両導入で、これに入れ替えと思ったそれまでのオハ31は何と1983年まで現役であった。

国鉄オハ3126に復元された津軽鉄道オハ311

名物の車内ストーブ

コロナ対策の入場制限でひっそりとしていた館内。

オハ31系と言えば倉敷市交通局にもいた払下げ車。1962.07.30
前年に国鉄から払い下げを受けこの年の2月に認可得たばかりのオハ31系4両.水島工業地帯の通勤ラッシュ時にディーゼル機牽引で運用されたようだ.日中はこうして遊んでいた。

14 件のコメント:

にぶろく さんのコメント...

NゲージでC50とセットだったオハ31の実物は
津軽鉄道で初めて見ました。
(国鉄では救援車で残ってたかもしれませんが)
ダブルルーフやリベットに感動した記憶が。
国鉄のお古を使う地方鉄道は
何とも言えない味わいがありましたね。

katsu さんのコメント...

にぶろくさん
オハ31と言えば私もNゲージ初期のC50とオハ31を買いました。
津軽のオハ31はこの頃(1966年)に入線した西武の電車崩れと交代と思っていたら
次のシングルルーフ旧型客車に交代になるまで17年も走ったのですね。
オハ31は観光化される前のストーブ列車が良く似合ったと思います。

モハメイドペーパー さんのコメント...

 ストーブの煙突、車両限界に収まっているのだろうか。国鉄のオハ31は昭和40年に山形で見ました。左沢線で朝夕の列車に使われていたようです。

katsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
左沢線のオハ31の旅客列車を見てみたかったものです。
私が1971年に終点左沢を訪問した時はC11は健在でしたが
既にC11が牽く旅客は走っていなかったようです。
国鉄払下げ車といえば倉敷市交通局にいたオハ31系を思い出しました。

U-BOAT さんのコメント...

こんにちは。
津軽鉄道のその後の旧型客車43系?に乗りに行った事があります。平成9年か10年の冬の事です。
当時はまだストーブ列車に乗るのに別料金は発生しなかったです。
早めに乗車するとあっさりストーブの前の座席に座ることが出来ました。お客さんが少ないなと思っていたら、発車時刻が近付いてくると、みるみる鉄道マニアの人が増えました。
動き出すと、案外ストーブの目の前の座席は暑かったです。車掌さんが石炭をくべに来ると、皆さん一斉にパシャパシャと写真を撮っていました。きっと私の足元が写りこんでいて、変に緊張しました。
終点の津軽中里で宿泊しました。ローカル私鉄の行き止まりの駅から乗ってみたいと思ったからです。真冬の雪の中で居酒屋で食事をして良い気分になりました。
帰りの列車はディーゼルだったか、記憶が無いのですが、今にして思えば写真を撮れば良かったと。
鉄道雑誌でも津軽鉄道は良く紹介されていて、私なんかが撮っても・・と思ってカメラは持たなかったのですが、後悔しきりです。

Cedar さんのコメント...

オハ31と言えば、電車やのCedarは琴電でクハになったのをすぐ思い出します。
車体は更新されているものの、台枠そのまま使ってるので、車端がすぼまっていました。当初はWルーフのままクハになる予定だったとか、その姿が見たかったです。

katsu さんのコメント...

U-BOATさんこんばんは。
こんばんは。
その後の旧型客車のストーブ列車に乗りましたか。
素晴らしいですね、カメラなしで冬に終点の宿に泊まったり居酒屋へ行ったりと。
カメラ持つとつい鉄道撮影に夢中になり視野が狭くなり、その鉄道の風情や空気感を味わうことができません。
カメラ持たずは中々できるものではないですが、最小限撮ってあとはしっかり記憶に焼き付けたり、
土地の人と会話したり駅前を歩いてみたり等できれば理想的と思います。
そんな理想的な鉄旅を私も一度やってみたいものです。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
琴電のクハ950形ですね。
オハ31の台枠に新製車体を載せた外観は確かに運転席部分が僅かすぼまっています。
何でもありの琴電ですね。

鹿部電鉄 さんのコメント...

横レス失礼します。
琴電のクハ950は台枠だけでなく台車も流用したようにWikipediaに書いてありますが、改軌について触れている記録が見つかりません。おそらくTR11系は長軸なので車輪(車軸)交換したンじゃないかと思うのですが、どなたかご存知ありませんか?何でもありの琴電なので車輪交換くらいお手の物だとは思いますが。
それにしても車体更新せずにクハ化って、どう考えても想像つきませんね。頚城のホジみたいな、、、。

katsu さんのコメント...

鹿部電鉄さん
琴電クハ950は台枠は使って車体更新はやらず新製したのではないですか。
もしオハ31の車体を流用したなら正に頸城ホジのような電車ですね。

まろねふ さんのコメント...

津軽鉄道のオハ31なんですが、現役時代を知りません。
子供の頃、日本生命のTVCM(ニッセイのおばちゃんシリーズ)で見たような記憶はあるのですが…

さて、話題となっている琴電950ですが、入線前は車体をそのまま使う計画で、公式の形式図も作成されています。二重屋根はそのまま、デッキドアを埋め、側面には片開き扉を片側2箇所設ける計画でした。
実現していれば、グロテスクな車両となっていたかも…
当初図面の諸元表ではTR-11と明記してあるのですが、更新車体の図面では揺枕釣合梁式としか記載が無く、台車を振り替えたのかは不明です。

katsu さんのコメント...

まろふねさん
琴電950はやはり計画までなんですね。
もし改造が行われていたら大変愉快なクハになりますね。

緑の猫 さんのコメント...

津軽鉄道のオハ31は朝しか走っていなかったので、結局五所川原の車庫で留置している姿を眺めるだけでしたね。もう老朽化で使用が限界と言われていましたが、確かに外板も屋根も現役車両とは思えないほどくたびれた状態でした。芦野公園で保存されたものの更に傷みが進んでいたので、鉄道博物館で新車同様に復元された姿は見違えるようで何よりです。

その後、観光ストーブ列車が日中も走るようになったので乗車してみましたが、石炭ストーブの正面に座っていたら熱で靴底が剥がれてしまって大慌て。金木で靴屋を探して買い直す羽目になりました。

katsu さんのコメント...

緑の猫さん
オハ31が旧型客車オハ46等に入替って暫くしてから観光用ストーブ列車が運行開始されたようですね。
観光化以前は地元乗客の暖房用にスーブ付客車オハ31が走っていたと思います。
石炭ストーブの前席がすごく熱かった話はよく聞きます。
オハ31の時代は内部が木造でストーブの火に相当気を使ったことでしょう。