案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2026年7月16日木曜日

沼尻のワフ3

モノクロ画像を、chatGPT画像の調整仕上げで使用しているのと同じ、Adobe Express無料版で仕上げてみました。いつまでも無料。

期限過ぎると有料になる無料体験版Adobe Express Premiumとは違う。

  Adobe Express無料版でモノクロ調整仕上げ。
ワフ3  1964年1月 川桁


モノクロトーンの画像仕上げの話から、話題はこの貨車の色の話へ。
    ↓
このワフ3は何色をしていたか? (#9999さんのコメントから) 
何回か塗り替えられて時代とともに、明るいグレー(1966年)、青、他へと変化したようです。AIは知る由もありません。




1966年のワフ3「明るいグレー」を
AIカラー化で推定。
写真にはグレーに塗られた時に、金具や台枠が黒く塗られたのは表現されていない。1964年1月に私が上の画像を撮った時に、どんな色だったのかは覚えていない。



ワフ3の下回りはこのセタと同じか?
ワフとセタの下回りで、車輪径は同じだがWBや台枠全長が僅かに違うようだ。


2026年4月8日水曜日

記憶にある色を求めて 沼尻鉄道 (その1)

モノクロ写真の生成AIによるカラー化。
AI任せでは色が出ない昭和30年代の難解色の代表が尾小屋DC121、浅間線、沼尻。

沼尻のカラー写真の事例がネットに多々あるが、その多くは模型のカラー写真。
書物の印刷でイメージに近いのが機芸出版社「軽便探訪」の表紙くらいであった。
青でもない緑でもない、何とも言葉で表現できないのが沼尻の色であった。



青に寄り過ぎた青緑


カラコード「#24B5B5」をAIに指定、+微調整(彩度-30 色温度-10)
★記憶にあった緑を感じる青緑
 

電動バイクLUUPのブランドカラー


日産最新EVリーフのルミナスターコイズ


沼尻

青でもない緑でもない難解な沼尻カラーをカラーコードで生成AIに指定した。

2024年8月29日木曜日

心に残る路線その1 沼尻

 先日8月17日にビックサイトで開催したJAM クリニック「地方私鉄 失われた情景」より.




撮影:1964.1.2~3

ドロ軌道と磐梯山の魅力


単端ガソ101の魅力(バック運転)


ドロ軌道を行く単端ガソ101


鉱山鉄道の魅力 川桁

2023年6月2日金曜日

沼尻鉄道 白木城

6月1日~6月6日まで池袋の「路草」で開催中の明大鉄研OB会写真展で
私はこの1枚の写真(秋色)に注目しました。
白木城の駅の先のにある踏切から撮影したものと思われ、
沼尻鉄道の白木城の駅というか停留場が思い出されます。 



磐梯急行電鉄(沼尻鉄道)最終日の前日1968.10.12に撮影。


川桁行が白木城駅に到着する。1964.1.2
最高に楽しいナローの珍編成であった。


正月の買物か新年の挨拶回りなのか川桁へ向かう人々。


沼尻へ向かう朝の列車はスキー客で超満員、そこへ地元のスキーヤーが乗り込む。まだマイカーでスキー場へ行く時代ではなかった。

2022年12月17日土曜日

磐越西線 川桁駅

その昔、国鉄磐越西線の川桁駅に下車し駅前に出ると沼尻鉄道の川桁駅があり広い構内と硫黄を国鉄貨車に積替する貨物ホームなどがあり、駅前には旅館や集落もあった。

先日、磐越西線各停に乗り日が暮れた川桁駅に停まると駅は無人駅で、その先の駅前は真っ暗でひと気もなし。こんな寂しい風景は今やどこの駅でも同じようだが、かつての川桁駅を思い浮かべるとあまりの変わりように悲しくなった。

撮影:1964年1月


川桁駅を行く磐越西線のD50蒸機列車がよくやって来た。


川桁駅に硫黄積み込の貨物線があった。


沼尻鉄道が運んできた硫黄の積替えホーム。


沼尻鉄道の駅構内。


看板「沼尻鉄道のりば」掲げた川桁駅では列車が発車待ちしていて、待合室はスキーヤーで混み合っている。表の街路灯の広告に「スキーと温泉は沼尻鉄道で」と。


磐梯山を背に川桁駅を発車する郡山行各停列車。


磐越西線の各停列車は蒸機が客車を7両も牽いていた。

2022年1月19日水曜日

磐梯山麓のドロ軌道。沼尻鉄道

1月20日発売のTMS2月号。
TMS創刊75年記念の連載「私とTMS」第5回は河田耕一大先輩で、73年間1,000冊近いTMSを読み続けてきた想いが6ページに亘り紹介されました。

さて、地方私鉄 失われた情景 第32回は「磐梯山麓のドロ軌道」日本硫黄沼尻鉄道です。
  川桁を発車した列車は白津の集落を抜けると北上を続けるが、内野の先で北西に進路を変えると磐梯山に向かって走る区間がある。それがこの路線図でこの区間は路側軌道でもあった。
撮影:1964.1.3




2013年4月24日水曜日

沼尻鉄道 川桁にいた車両

川桁にいた車両ですが、人気の沼尻鉄道の車両は経歴などが多くの書物に紹介されているので省略し、今後の「軽便の狭いせんろ」と「軽便のアーチバー台車」の模型シリーズが完了後に模型化からみた「沼尻鉄道の車両」を続けてみます。

DC121  川桁  1964.01.03

ワフ3

ガソ101   詳細はこちら→単端ガソ101

ボハ6.隣のボハ7と同形で車輪径457Φの極小アーチバーを履き
西大寺の客車と並び最も軽便らしい「地を這うような」客車.
火鉢があるボハ6の車内
 
ボサハ14. 車輪径500Φでこれも腰が低い.
栗原鉄道から来た3両の中では最も小ぶりで魅力溢れる客車

小径車輪の客車が揃った ボサハ14+ボハ7+ボハ6

2013年4月17日水曜日

沼尻鉄道のせんろ

1/80ナロー、HOナローの市販フレキレールの選定はシノハラのコード60(実物30kgレール相当)に落ち着きそうです。そこで軽便で太目のレールが使われた沼尻鉄道の線路がある風景を並べてみました。

沼尻は軽便としては太目のレールが使用されたため2'6''ゲージの狭さが強調されました。
かなり太目と感じたレールも実際には30kg/mはなく22、20kg/m程度のレールです。
枕木間隔は最も広い800mmくらいでした。
下津井電鉄や近鉄北勢線(当時)の25、30kg/mレールのしっかり線路に較べると、沼尻は太目レールであってもトロッコ色が強く下津井電鉄などとは対称的な線路でした。

本線の太いレールがS字カーブを描いて民家の間を抜ける.1964年1月

本線の太いレールのドロ軌道が風景に溶け込む

広い枕木間隔

広い枕木間隔は800mm程度

駅と線路がある風景

2012年10月16日火曜日

沼尻鉄道の廃線直後2

沼尻鉄道(磐梯急行電鉄)が営業休止した2ヵ月後の1968(昭43)年12月、社員旅行で磐越西線に乗って川桁駅を通過したことがあった。鉄道廃止は1969(昭44)年4月1日であり、この時に車窓から見えた沼尻鉄道は、車両や施設がそのまま凍結された運転休止中の光景であった。
この4か月後に沼尻鉄道は再開することなく廃止されてしまった。


磐越西線 喜久田     1968.12.15
郡山から猪苗代へ向かう途中の磐越西線、既にD50の時代は終わっていた.

磐越西線 安子ヶ島

中山宿を越えて川桁を通過中に車窓に見えたのは営業休止中の川桁駅光景であった.1968.12.15
運転休止中のボハ7+ボハフ1+ボハフ2の3両が休んでいた.
川桁駅のボハフ1+ボハフ2

2012年10月14日日曜日

沼尻鉄道の廃線直後1

沼尻鉄道(磐梯急行電鉄)が営業休止になったのが1968(昭43)年10月、その翌年1969(昭44)年4月1日に廃止となった。廃線により沼尻鉄道のことはすっかり忘れていた1969年11月に二本松から安達太良山へ登り沼尻側に下ったことがあった。沼尻鉄道が営業休止してまだ1年後のことであった。

安達太良山 沼ノ平の硫黄.1969.11.02
 硫化水素など有毒ガスの発生で大変に危険な一帯となった.


沼尻駅に索道で運ばれて来た硫黄は安達太良山西側で採掘された硫黄であり、安達太良山、沼ノ平、沼尻硫黄鉱山、沼尻温泉(沼尻スキー場)、中ノ沢温泉、と沼尻駅は一体どんな位置関係になるかを地図で確認してみた。
赤字の沼尻駅沼尻硫黄鉱山 はかなり離れていることが判る。そして沼尻スキー場も沼尻駅からはけっこう離れていて、あの頃の沼尻鉄道スキー客は駅からバスでスキー場まで登ったのだろうか。
沼尻鉱山と沼尻駅の位置関係.  登山コース ヤマコレより.
安達太良山沼ノ平の西側にある沼尻硫黄鉱山から沼尻駅まで硫黄搬送用の索道が通っていた。



安達太良山登山で沼尻温泉へ下山するつもりが道を間違えて着いたのは中ノ沢温泉であった。
この中ノ沢温泉はいかにも温泉らしい湯治場で街の一角に営業休止後1年の沼尻3両が鎮座していた。
廃材の中に埋もれた粗大ゴミ同然で、後にこの3両はお化粧直しして猪苗代町に保存されている。

温泉街の一角で廃材に埋もれた元沼尻鉄道の車両. 中ノ沢温泉街 1969.11.03
DC121と ボサハ13

廃材置場のボサハ13とボサハ12

ボサハ13

ボサハ12    中ノ沢温泉街 1969.11.03

保存車 DC121+ボサハ12+ボサハ13  猪苗代町    2003.11.22
この車体カラーはあの沼尻カラーとはどうもイメージが一致しない.