案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2019年11月25日月曜日

根室拓殖鉄道 キ1

北海道のナロー(地方私鉄)で昭和34年9月に消えた根室拓殖鉄道(根室~歯舞)。
HOナローの模型 根室拓殖鉄道キ1(ワールド工芸製)で果たせぬ夢の世界を楽しむ。

40年以上昔、珊瑚模型店で根室拓殖キ1のHOナロー完成品(確かモデルワーゲン製?)を見て買いたかったがこのスケール1/87には手を出さなかった。私は今もナローは1/80だがこの根室拓殖キ1はスケール論を超越した魅力を持っている。


昭和33年8月の時刻表。鶴居村営軌道の上段に小さく現役の根室拓殖鉄道があります。
根室~歯舞 所要時間1時間100円  提供:esehokuさん

私が地方私鉄めぐりを開始した昭和37年の交通公社時刻表では既に根室~納沙布灯台前間がバス路線になっていた。根室~納沙布灯台前 バス所要時間45分140円


写真集の写真は昭和38年8月20日。この頃は銀色であった。その後淡青に塗られたのか?

キ1 昭和24年 田井自動車工業製のHOナロー模型(ワールド工芸製)


  参考:「軽便追想」高井薫平著 ネコ・パブリッシング

2019年11月10日日曜日

西武多摩川線の今昔1

久しぶりに多摩川線を撮ってみました。
電車のカラーリングがこれまでの白一色から西武リバイバルカラーとなり撮影意欲が湧いてきます。


撮影 カラー 2019.11.8
 モノクロ 1962.8.27
昔あった競艇場が今もあるのですね。競艇場前-是政 
かってこのあたりに砂利積込み場があった。60年近い時を経て昔の面影全くなしは当然か。

是政を発車し武蔵境へ向かう電車が道路と並走するのは今も同じで、道路の向こうの貨車のところの今は塀と並木がある歩道になっている。57年前の是政線風景。

競艇場前駅を出て踏切の先をカーブして静かな住宅の合間を行く。
かってこの辺りで貨物引込線が分かれていて奥に砂利運搬貨車が大量に並んでいた。

57年前の競艇場前の駅周辺と踏切。

のどかな風景を電車は武蔵境に向け左にカーブする。駅から延びた貨物引込線が右の茂みに入っていく。

竹藪や柿畑がある静かな住宅地を行く多摩川線。 白糸台-競艇場前

今も長閑な風景が残っている白糸台-競艇場前間。

京王線をアンダークロスして是政へ向かう。 白糸台-競艇場前間
踏切や土手があるのは今も変わっていない。

当時の踏切や土手がある風景。

2019年11月2日土曜日

秋の会津

 冬を迎える会津の山並(那須の裏側)。 2011.11.22
8年前この景色に驚いた。

8年後、あの山並みの麓を訪れてみた。2019.11.1


久しぶりに秋の湯野上温泉駅に昼頃寄ってみました。
駅前には観光バスの駐車場があり、列車が到着すると次々と乗客が降りてきてバスに乗りこんだり駅の周辺を歩いたり・・・・、

今や大内宿、塔のへつり、湯野上温泉駅舎の会津バスツアーコースに会津鉄道乗車体験が組込まれているのでしょう。こうして会津鉄道が多くの観光客で賑わうのは嬉しいことです。
あの大内宿が南会津の一大観光メッカに。

1971年の湯野上周辺
観光駅舎になる以前の湯野上駅舎
会津西街道から細い道を奥へ入るとそこにあった大内宿の生活
大川沿いの塔のへつり

以下は撮影:2019.11.1
会津若松行が湯野上温泉に到着する。

会津若松行の列車からどっと団体客が下りてくる。

そして会津田島行が到着すると、こちらもどっと団体客が。 

団体客で賑わう湯野上温泉駅前。右手にバス駐車場ができた。
多くの人が作り物の駅舎を撮って楽しんでいた。

旧会津線の遺構。会津高原尾瀬口(旧会津滝ノ原)駅

会津高原尾瀬口(旧会津滝ノ原)駅