案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2020年2月8日土曜日

50年前の白髭の写真

ブログをやっていると時々昔の写真に写った方からメールを戴くことがあります。
昨日は私の写真集で江若鉄道白髭駅の写真に写った方からメールを戴きました。

50年前の昭和44年10月19日、あの日は湖中鳥居が見える江若鉄道白髭駅で待機していると突然現れたのが写真の貨物列車でした。その写真に写ったのがカメラを持った人。京都の鉄道ファンで大学生時代だったそうです。
この方からこの時の写真を送って戴きました。白髭神社がある駅の建物と湖中鳥居によく似合う家族のひとコマが実にいいですね。


 京都の鉄道ファンが撮った素晴らしい写真。和服の人が次の列車で京都へ帰る家族と見送りの挨拶をしているところか。兄弟らしい弟の方は挨拶より列車が気になり何かやってきたぞと覗いている。1969.10.19

上の写真を撮った人が私の方に振り向いた一瞬。私の写真集で使った写真です。
二人の写真の時間差は数秒でしょう。1969.10.19

50年前の一瞬の共有が分かるのは鉄道ファン同士ならではで、ほんとうに幸せな趣味だとつくづく思います。

昨年の写真展で感動した白髭の湖中鳥居の写真。

2019年9月14日土曜日

江若鉄道 三井寺下

関西のディーゼル王国だった江若は大私鉄で、私は車両にそれほど関心はなかった。
しかし駅や沿線各所に味わい深いものがあったのは、琵琶湖畔の素晴らしい土地柄のせいなのだろう。
三井寺下の駅に着いたのはまだ日が出ていない寒い早朝だった。空が澄んでいて今日一日よい天気になりそうであった。駅で撮っているうちに日が出てきたが朝は弱い日差しで、駅には乗客の姿が全く写っていなかった。11月1日廃線の10日ほど前のこと。

撮影:1969.10.19
三井寺下の駅と周辺の民家のつくりが味わい深い。

陽が差し込んできた早朝。左手は浜大津で右手には大きな車庫があった。背後の建物がいいですね~。

浜大津からやってきた堂々とした朝の三連。

山並みを背後にして広々とした三井寺下構内。

あと10日ほどで廃線となる三井寺下駅で最後のお勤め。

静まり返った構内。


車庫にいたびわこ型気動車

2019年9月7日土曜日

江若鉄道 白髭~北小松間 リニューアル

秋の琵琶湖の湖畔を走る白髭~北小松間を再度アップしてみます。

撮影:1969.10.19
ここは白髭駅でその先にある「湖中鳥居」、駅を出て左手へ進むと白髭神社へ向かう。
よ~く見ると、駅舎が神聖な白髭駅にふさわしい神社風のつくりです。

近江今津方面からやってきたキニ4が、左に湖中鳥居を見て白髭駅に到着する。


写真① この位置でもう少し引き寄せたのが先日のカラー写真です。

写真① 小さな半島のところで旧道はSカーブして江若鉄道の踏切を渡り山側となり、線路はここから白髭まで湖畔ぎりぎりを走り、前方に白髭神社の湖中鳥居が見えてくる。現在は線路と旧道が一体となって西近江路161号になっているようだ。

写真② 北小松を出た丘の上から撮った写真で、前方の小さな漁港の入江は現在もある。
白髭に向かう気動車は右に緩くカーブして進み西近江路と合流し、この道路を挟んで湖畔を走る。写真を撮った丘陵の下を現在は「湖西線」のトンネルが突き抜けている。

高架とトンネルの高速鉄道湖西線は全線に亘り江若鉄道の廃線跡の転用は少ないようで、
北小松~白髭間の廃線跡は湖西線でなく西近江路に転用されているようだ。


写真③ ②と同じ場所で気動車が道路を挟んで湖畔を行く。

江若鉄道の北小松駅はその後湖西線の北小松駅となり、今やこんな風景の面影は全く残っていない。
秋の北小松駅

2012年1月17日火曜日

江若鉄道の車両

廃線直前の江若鉄道では、朝夕に最新型3両編成の2本を見たものの、日中は元国鉄07形や元熊延鉄道の気動車がトレーラ1両を牽くのが殆どであった。生え抜きの古いキニ4やキニ11まで活躍していたのが意外であった。
昭和40・41年に在来車、新造車を改造した3両編成2本を登場させ、同社初の液体式気動車で自動扉も初めて採用。ただし見掛けによらずこの新登場2編成は1両を除きかなり古い車両を集めた改造車であった。

キハ5121+ハ5010+キハ5122 比良号     1969.10.19
両端が元国鉄07形の改造で3扉車流線形の面影を残す.
中間車は客車改造した両端切妻形.


キハ5123+キハ5120+キハ5124
キハ5123はキニ6の改造、キハ5124が元国鉄07形の改造と元はかなり古い.
そして中間車キハ5120は新造キハ30の改番.

中間車キハ5120(キハ30の改番). 江若で最後の新造車.
1963年製造で登場後6年で廃線となり関東鉄道筑波線へ売却された.

筑波鉄道キハ511 1987.3.14

↑ キハ52(元熊延鉄道)+ハフ2
キハ15  元国鉄キハ41023

キハ22 元国鉄キハ071
前面が琵琶湖型のキニ11まで活躍していた.

ハフ2
ハフ3

気動車王国江若鉄道の車両についてはあまり関心がなく、寺田裕一氏のローカル私鉄廃線跡探訪
「消えた轍」4 で初めて詳細を知った次第です。上記の車両解説は「消えた轍」4からのものです。


江若鉄道と云えばネルソン、ダブスのテンダー機が2B1タンク機へ改造された
美しい鉄道省1070形の写真(蒸気機関車スタイルブック)が目に浮かぶ.
江若鉄道には1070形1107と1118が在籍し、1118(ダブス製)は羽鶴の1080と兄弟となる.


羽鶴の1080     1973.4.8
江若鉄道では昭和30年頃までこんな蒸機が古典客車を牽いて琵琶湖畔を走っていた.

2012年1月9日月曜日

江若鉄道 比叡山の琵琶湖側

京福叡山線を訪問した1969(昭44)年、比叡山の琵琶湖側にある江若鉄道では10月一杯で廃線を迎えていた。一昨年6月にアップしました「廃線迫る三井寺下駅」を続けます。

京福叡山線の八瀬遊園駅からケーブルが比叡山山頂へ向かうのに対し、琵琶湖側にある江若鉄道では日吉駅で下車し少し離れた坂本からケーブルが山頂に向かう。比叡山を望む琵琶湖畔の日吉はのどかな田園地帯で駅は町外れの畑の中にあったような気がする。
浜大津を起点とする江若鉄道でこのあたりはまだ入口で、終点近江今津までこの先延々43Kmも琵琶湖畔を走る。



やはり流線形の元国鉄キハ07形がよく似合う    1969.10.19

比叡山を望む秋の田園地帯を行く気動車
キハ51,52は熊延鉄道から1964年に入線した

朝方で次々と気動車がやってきた

秋の琵琶湖畔の田園地帯