案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2025年12月23日火曜日

今日の銀座4丁目

 
銀座プレイス1階

銀座プレイスのビルを6階に上がるとソニー・イメージングギャラリーがあり、12/25日まで開催中の日芸写真学科教員の3人展を見て来ました。 汽車のある情景が12点

https://www.sony.co.jp/united/imaging/gallery/detail/251219/


2025年12月19日金曜日

京急大師線の廃線区間

年の瀬の大掃除で出て来た京急大師線の写真。
ちょうど、明日12月20日夜NHKプラタモリで大師線の廃線跡を放送するそうだ。
番組で廃線跡をどこまでやるか?

この写真で行先表示版、三線軌条などからある時代の大師線の塩浜支線と分かる。
川崎市電、国鉄貨物線、塩浜支線の三線軌条の変遷を線路図に書いてみたくなった。


1954年12月

3線軌条の複線から3線軌条の単線への入り方から、ここは池上新田駅 (入江崎の交換駅)、複線区間の終わり方が分かる。更に田辺さんが塩浜へ向って撮り歩いた写真を順に追って撮影場所を推定できるか。1963.12.12


鉄道模型アートマルシェ(再掲)

12月の吉祥寺開催、明日と明後日です。

私は写真パネルだけで何も出しませんが、会場に時々います。
今回の写真パネルは、7年前の写真展に出品した全倍(全紙の倍)サイズの
福島交通と北陸鉄道金石線の2点です。



 Oナローが凄かった昨年12月のマルシェ.


2025年12月17日水曜日

東武亀戸線

東京の城東、城南地区には乗ったことのない路線がたくさんある。
東京は広い。
 

亀戸発 曳舟行の東武亀戸線。
いつも曳舟、向島、押上の駅名が出て来ない私です。


2025年12月11日木曜日

京福電鉄嵐山線

1964年夏に京都で撮ったダイハツミゼットMP型。
Always「三丁目の夕日」でロクちゃんが助手席に乗った鈴木オート店のミゼットはこの二人乗りタイプでしょう。





2025年12月9日火曜日

年の瀬風景

短い秋が終わり早や12月へ。

毎年、同じ風景が繰り返される。
 


年末にここの桜の老木1本が消えた。


井の頭公園の紅葉とアートマーケット。


マンリョウ。


12月の夕暮れ時。

2025年12月2日火曜日

1970年代 昭和の風景

 1974年4月 撮影:田辺多知夫


名鉄谷汲線
遠く霞む山並みを背に静かに電車が走っていく。何でもない風景なのに、ふと懐かしさを感じる。夕暮れ時なのか、向こうの家々から立ちのぼる煙がゆらぎ、ささやかな暮らしの温もりが漂ってくる。


名鉄揖斐線
赤い車体の電車が、川面のきらめきを見下ろしながら鉄橋を渡っていく。昭和の風がまだ残る風景の中で、時間だけがゆっくりと流れていた。何気ない一瞬なのに、そっと昭和の記憶がよみがえる風景。



名鉄揖斐線
鉄橋を行く電車の下では、川辺に子どもたちが遊び、遠くにはお寺の屋根が静かに佇む。まるで寅さん映画のワンシーンのような、昭和の息づかいがそのまま残る風景。

2025年11月16日日曜日

11月9日の週

毎年行事が集中する11月。
9日の週はSLの話題が続いた。

9日は会社OB会で宇都宮LRTと真岡線SL列車乗車。冷たい雨降る日だった。

11日に稲門鉄道研究会(早大OB)写真展へ。
その帰りに書泉グランデで究極の鉄道写真集「鉄道写真 広田尚敬」をしっかり拝見。
稲門写真展を伴にした友人(SLファン)と米坂線のことが話題になった。


真岡線SL列車.真岡


真岡キューロク館の美しい96.

稲門鉄道研究会(早大OB)写真展
SLが美しかった時代のモノクロ写真を拝見.

美しい96で思い出したのが63年前に西舞鶴で初めて見た96、そして米坂線の96.



私が初めて96を撮ったのは夕方の西舞鶴駅だった. 1962年夏

先日の稲門鉄道研究会写真展を伴にした友人(SLファン)と米坂線のことが話題になった。友人は米坂線を6回訪問し1971年秋が最後の訪問だったそうだ。
私が訪問したのも同じ1971年秋で、SLブーム到来の時代だったのか宇津峠越えでは三脚持ったファンをいたる所で見掛けた。ただ、この頃は96牽引の旅客列車は少なくなって米坂線の良き時代は終わっていたようだ。

米坂線1971年春

米坂線1971年秋

2025年11月7日金曜日

究極の鉄道写真集

 先日のパーティで広田先生から今度の写真集のパンフレットを頂戴しました。
ネットに数々紹介されている11月5日発売の写真集「広田尚敬 鉄道写真」5.5万円です。


昨日、書泉グランデに積まれていた本書の内容を見ましたが、写真の素晴らしさはもちろんですが、写真の配置、本の作り方などデザインが素晴らしい究極の写真集でした。
鉄道写真の神様で写真が素晴らしいのは当然ですが、素晴らしい作品を見事な本に仕上げた本造りのスタッフの凄さを感じます。

一方これとは対照的に、昔のネガに眠っていた画像をただ並べたような鉄道写真集が次から次と出版され、余りの乱発に鉄道写真集に興味を失いそう。

全く対照的な鉄道写真集を見せつけられた書泉グランデの店頭でした。




2025年11月1日土曜日

栃尾線の名編成

語ることがいくらでもある1枚の写真。越後交通栃尾線の素晴らしい編成です。 



カマボコ客車+元都電杉並線+モハ211の珍編成.悠久山 撮影:田辺多知夫氏 1964.03.22 

後ろのカマボコ客車ホハ20は自社工場製で2両いた.
中間の客車が元都電杉並線のホハ11.
カマボコ客車の1両を改造して生まれた驚きの電車モハ211.

ホハ11  昭3年汽車会社製の元都電杉並線の電車を客車化したもので、妻面の窓が低いのが元路面電車らしい.アーチバー台車に交換など改装してすっかり軽便客車になりきっている。


元都電ホハ11の車内と台車.


2025年10月30日木曜日

鉄道写真展のお知らせ

今日からスタート、隔年恒例の鉄道アートサロン写真展。10/30~11/4まで 
素晴らしい作品の数々を観てきました。



会場風景。


今年もインド・アッサムの2フィーター蒸機に目が止まる。


私も1点、山形交通 尾花沢駅。
銀山温泉へ向かう客は奥羽本線大石田から尾花沢線に乗って尾花沢で銀山温泉行のバスに乗換えた。当時、銀山温泉行の山交バスは下記3路線で、奥羽本線大石田から銀山温泉行バスは出ていなかった。

・上山~銀山温泉

・山形~銀山温泉(山交に運転基準図あり)

・尾花沢~銀山温泉(山交に運転基準図あり)


2025年10月19日日曜日

広島駅前

鳥栖から大阪行夜行列車で熟睡し、広島で朝を迎えたのが1967年の春。
58年後の今、広島駅前は広電のルート新設変更が8月に開通し大きく変わった。駅前のこの在来ルートは、線路の撤去が進められているようだ。

広島駅前 1967.03.07




広島駅前.「こくてつバス」の看板が見える.

2025年10月14日火曜日

江ノ電 今昔

今と62年前の江ノ電. 

今の江ノ電、いい風景が撮れました。
また撮りに行きたい江ノ電。



インバウンドと今も現役で活躍する305編成. 
江ノ島駅  2025.10.10  


305編成  和田塚



62年前の305編成(305+355)
腰越 - 鎌倉高校前   1963.04.28



2025年10月3日金曜日

西大寺単端の完成品

先日の軽便祭りで展示されていたOナローの完成品。4.5万円
会場ではチラッと見ただけだったこの西大寺の単端キハ3。

翌日、写真を眺めていると、とても感じをよく捉えていてよく出来ている。
どうしても詳しく見たくなり、
北関東のお店(製造元)まで行ってきました。
1/48で車体主要サイズはスケール通りでした。

ペアーハンズ製のOナロー・シリーズ.



竜舞


2025年9月30日火曜日

先日の軽便祭りから

軽便祭で、素晴らしい西大寺単端のOナロー1/48の作品を拝見しました。
西大寺のキハ1、2を製作する方は大変少ないと思います。

「軽便讃歌13」表紙の巨大な単端キハ8と顔がよく似ていますが、
キハ1、2はお馴染みの箱型単端キハ3、4、5と同一サイズです。
 


表紙キハ8+キハ4+ハボ4両



キハ2


キハ1


2025年9月27日土曜日

軽便讃歌13の発売開始

昨年講演した講演録が明日9/28の軽便祭で発売開始されます。
講演と講演録では、皆様に多大なご協力を戴き誠にありがとうございました。

【南軽出版のアナウンスより】
南軽出版局の定番・『軽便讃歌』本は予定通り9/28軽便祭で発売開始、追って各特約店様(書泉、旭屋なんばCity、イモン、エコー等)にも配本いたします。書題は『軽便讃歌13』、内容は昨年の風間克美さんと名取紀之さんの講演録となります。
今回は価格が例年よりUPの税別1,300円となりますが、ひとえに怒濤の増頁(72p)によるものでして、そのぶん内容も濃密です!




2025年9月8日月曜日

日本の社会の変わり目

クルマ社会の到来を掲載したのは10年以上前の2013年8月12日でした。
その時の「日本の社会の変わり目」の再編集版です。

この1964(昭和39)年の頃、大都市では既に車社会の到来が始まっていました。なんとか行き残ってきた地方私鉄もこの頃から急速に衰退して行く。この激変は一体何があったのか、私の中で漠然としていた高度成長時代の社会の変わり目と、地方私鉄の衰退を時系列に対比してみました。(軽便鉄道は地方私鉄衰退の事例として並べたものです)

これを見ると、私が地方私鉄を最も撮った時期1964(昭和39)年頃の日本は高度成長による社会の変わり目で、この年の東京オリンピック開催以降は高度成長のなかでも劇的な社会の変化で、車登録台数の急増や道路舗装率のデータからも爆発的な「車社会の到来」の時代であったと言えるでしょう。

地方へ撮影に出掛けた1962~1964年頃は大都市を除けば地方の道路はまだトラックやマイカーも少なく、地方私鉄には活気ある路線も見ることができました。それが1965(昭和40)年~に入ると沿線の道路整備も始まり車の姿が多くなってきて、それまでの地方私鉄の活気もあっという間に衰退→廃線へと向かったのでした。
1960年代の地方私鉄が様変わりして行く風景は、日本の社会の大きな変わり目に地方私鉄が翻弄されて行った時代であった。




1963年の新宿西口 青梅街道.


1967年第14回東京モーターショウ.
前年に続き展示された初代サニー1000
1966年にスタートしたマイカー時代は1967年秋の東京モーターショウで更に身近なものに.手の届かぬ存在のマイカーだったが、身近な人がすでにサニー1000を購入していた.

銀座4丁目の光景. 三越が改装中 1967.11.26
1966(昭和41)年に大衆車サニー、カローラが発売され、晴海で開催された東京モーターショーは大変な熱気であった。この銀座四丁目の晴海通りはそんなマイカーが身近な存在となってきた車社会到来の時代が思い起こされる。街行く人々に夢と希望が溢れ、昭和40年代の日本は経済大国への道をまっしぐらに進んでいた。


参考図書: 「高度成長-昭和が燃えたもう一つの戦争」 保阪正康 著 朝日新聞出版

2025年9月4日木曜日

朝の広島駅前

 朝の路面電車は絶好の撮影チャンス.
駅で整列する習慣はまだ無かった昭和42年の日本.


朝の広島駅前は通勤・通学客で活気に溢れ、
魅力ある単車が続々と登場してきた。
1967.03.07


如何にも広島の個性溢れる150型.江波行
最も大きい単車.



午後になると太陽光線のせいか
朝の駅前風景と雰囲気が異なる.
今この駅前は大きく変わった.