案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2018年8月30日木曜日

ハーフサイズカメラ オリンパスペンの実力

1964年にオリンパスペンSで撮った沼尻鉄道内野停留所の1枚。
この写真は、最近の業務用スキャナーとプリントで大サイズにどれだけ耐えられるかテストしてもらったものです。プリントはA4変形「写真集」見開きより大きく、半切(355×430)に近いサイズ(330×450)です。
待合所の板張りの木目もはっきり分かります。
ハーフのネガでは不鮮明で大きくプリントできないが常識だったのが、今やデジタル技術の進化であの小さなハーフのネガでもそこそこの大きさにプリントできるということに。



2018年8月26日日曜日

大分交通別大線 (リニューアル) 1

大分交通別大線をアップしたのは2010年5月18日、ちょうどブログを始めた頃でまだネガのスキャンは始めてなく印画紙プリントをデジタル化した粗末な画像でした。その1年後にネガをスキャンした画像で再度アップしましたが画像が小さい。
そこで、現状の環境で別大線をリニューアルしてみます。

デジタルの画像調整で雨の風景もなかなか良きものです。
今や、デジタル技術の進歩で印画紙プリントからのスキャンでもかなりの情報が読み取れるそうです。50年前のネガは風前の灯でも、昔よくやったベタ焼きがあれば最低限は何とかなるとか。


撮影:1967.3.5
電停「東別府駅前」風景

東別府駅前

別府温泉街を見て日豊本線と並走する。りょうぐんばし


日豊本線別府駅に近い電停「北浜」
観光バスの拠点だったのでしょう。

2018年8月25日土曜日

仙北鉄道の浅部駅

浅部駅は古ぼけた待合室と立木の組合せがジオラマの題材(駅)にでもなりそう。
コンクリートの壁に土を盛り上げたホームは立派で、沼尻鉄道の停留所などと比べると遥かに立派な駅である。
1964.8.4
終点登米の一つ手前、畑の中にポツンとあった駅あさべ

味わい深い待合室に客が一人

やがて登米からやって来た気動車

沿線は一面の田んぼ

ジオラマの題材になりそうな、こちらは沼尻の「内野」停留所 1964.1.3

こちらも沼尻の「白津」停留所

2018年8月23日木曜日

第14回軽便鉄道模型祭プレイベント『軽便讃歌Ⅸ』のお知らせ

今年の軽便模型祭のプレイベントで和田英昭(私鉄めぐり仲間)さんと私で講演をやります。
軽便鉄道模型祭 公式ブログに開催案内がアップされました。
9月29日 土曜の午後に是非いらして下さい。

講演は仙北鉄道の2話です。
・北上川ほとりのスイッチバック駅
・軽便貨物の活気


公式ブログより
来る9月30日(日)に第14回を開催予定の『軽便鉄道模型祭』ですが、その前日に当たる9月29日(土)に、同じ会場にて講演会『軽便讃歌Ⅸ』を開催いたします。
今年もまた、ベテラン趣味人の方々により、貴重な作品の映像を交えながらナローゲージの魅力を語っていただきます。

・期日:2017年9月29日(土)
・会場:綿商会館 4Fホール
 会場地図 http://www.mensyou.co.jp/map.htm
・開場13:30・開演14:00(※例年より開始時間が30分遅くなります)
(途中休憩有り、17:30頃終了予定)

・入場料:1,000円
・ご参加にあたって事前のお申込は不要です。
当日13時30分頃を目安にご来場のうえ、受付にて入場券をお求め下さい。

2018年8月19日日曜日

昨日のビックサイト

昨日18日は第19回 国際鉄道模型コンベンションの二日目。
会場のビックサイトには開門前から沢山のファンが詰めかけていた。
会場東1館にはありとあらゆる鉄道ジャンルの展示があり、模型作品の展示ではレイアウトから車両までレベルの高い作品が多く、その詳細報告はSNSで拡散されていることでしょう。

子供からお年寄りまで自分の好きなジャンルを見て楽しめるイベント。今や幅広い集客で「国際鉄道模型コンベンション」は「国際鉄道コンベンション」に名称を変えた方がよいくらい。
鉄道趣味を持ったことで幸せそうな人たちが何と多いことか! これを一番感じた1日であった。

朝の有明。この日の快適さはまるで秋のよう。 2018.8.18 

午前中はクリニック(セミナー)でまた名取さんと地方私鉄1960年代の対談をやりました。沢山の皆さんにお集まり戴きありがとうございました。

1日ではとても見切れない会場。

宮下さんの新作は1/87福島交通で毎度素晴らしい地方私鉄情景。

 翌日にステージイベントがある 堀越さんたちの写真展「北辺の機関車たち」

この日のステージイベントは名取さんと荒川好夫さんの対談「C62重連最後の冬」 

荒川良夫写真展「 C62重連 最後の冬」ニセコを追った21日間
これを見にきた国鉄蒸機ファンの先輩方が1枚1枚写真を見ては語り楽しんでいました。
この写真集「 C62重連 最後の冬」がOFFICE NATORIから出版されました。


2018年8月14日火曜日

昭和37~41年 小田急

 昭和30年代に独特の景観があった国分寺崖線。 成城の国分寺崖線を下ったところに野川がが流れ、一面ブッシュが生い茂る平地に今は小田急喜多見検車区の施設が建つ。この当時の面影残すのは成城に向かう不動坂にある喜多見不動堂くらいか。

成城から下ったところに曲がりくねって野川が流れ、鉄橋をくぐった先に水車小屋があった。
 成城-喜多見  1964.2.25

喜多見から成城へ向かって勾配を上る。 1964.2.25

現在の風景からは想像もできない一面ブッシュが生い茂る風景。NSEは1963年春にデビューした。   成城-喜多見 1964年2月


喜多見の野菜畑の向こうに成城の国分寺崖線の木立が続く。喜多見  1962年12月

デビューして9年のSE車が成城の坂を上る。 1966.4.11

美しかったセミクロスシートの2320形。  喜多見  1962年秋


ロマンスカーの面影残す1700形が喜多見の野菜畑を行く。1962年秋

 喜多見駅。1966.4.11

社紋が入った三角屋根の喜多見駅。1966.4.11

今は地下駅となった成城学園前駅。1964.2.11

2018年8月13日月曜日

昭和38年 田辺さんの東京散歩

1964年東京オリンピック開催後、昭和40年代に入ると東京の風景も面白くなくなってしまった。ところが、その僅か数年前の昭和38年の東京にはこんな風景がころがっていた。当時はこれが当たり前で私はカメラを向けることがなかったが、今、写真で見ると大変な風景だったのだ。

撮影:田辺多知夫 1964年12月
都電はやはりこの時代の車が入るとインパクトがある。

今やお洒落な恵比寿駅前もこんな風景であった。

恵比寿から駒沢通りを中目黒へ向かう8系統。

 恵比寿の米軍DD12
部分拡大

ED17

ED16

五反田駅前

2018年8月10日金曜日

写真展「地方私鉄 1960年代の回想」のお知らせです。

先日、ギャラリーのHPで写真展案内が公開されましたので改めて詳細をお知らせします。

今年4月発売の写真集「地方私鉄 1960年代の回想」のテーマで写真展を新宿のリコーイメージングスクエア新宿で開催します。写真集以外の写真も含め1960年代の地方私鉄約40点を展示します。原画ならではの味わいをじっくりとご堪能下さい。
約2週間、毎日会場に立合いますので是非お立ち寄りください。

会場は新宿西口のセンタービル中地下1階にあります。新宿駅 西口 徒歩約8分
会期
 2018年10月3日(水)~10月15日(月)10月9日(火曜)は休館
 10:30~18:30(最終日は16:00終了)
会場
 リコーイメージングスクエア新宿 ギャラリーⅠ
 〒163-0690
 東京都新宿区西新宿1-25-1
   新宿センタービル中地下1階 050-3534-6371


2018年8月8日水曜日

昭和37年 小田急

子供の頃、小田急経堂駅の脇にあった車庫の隅に留置されていた緑の小型荷物車をよく見掛けた。1941年廃車となったモニ1形の1、2のどちらかの廃車体だったのだろう。緑の小型荷物車はまさに模型入門機のような電車であった。

原型モニ1形(1927年製)は4両いてモニ1形の3、4はモユニ1形に改造され、その後改番でデユニ1000形となった。これが1960(昭35)年まで活躍していたデユニ1000形(モニ1型の全長大きくした)であった。

私が撮り始めた1962(昭和37)年は、デユニ1000形は既に元井の頭線の車体に載せ換えられてすっかりイメージが変わっていた。
それにしても小田急の荷物車の遍歴は大変にややこしい。この頃はさらに1100改造のデニ1101もいた。
むーさんから画像をお借りしました。モニ1形のイメージを残す車体載せ換え前のデユニ1002. 昭和35年6月 小田原駅.この数か月後に車体載せ替えが行われたのですね。


1500形(元井の頭線)の車体に交換されたデユニ1001. 経堂車庫 1962年春
10年前にスキャンした画像.

以下は昨日再スキャンした画像で、どうやらビネガーシンドロームなしネガでも画質の劣化が進んでいるようだ。それより、視力の劣化の方が問題で果たしていつまでこんな判別ができることやら。

同形デユニ1002と手をつないだ前は1100改造のデニ1101.  喜多見-成城 1962年秋

準特急用2扉セミクロスシート車2320形.翌年には3扉通勤用に改造された.喜多見1962年秋

寂しい和泉多摩川の鉄橋を行く1600とSE車.

以下は田辺さんが撮ったデニ1101
玉川学園 1063年10月

生田 1964年5月

参考:鉄道ピクトリアル アーカイブセレクション① 小田急電鉄1950~1960

2018年8月5日日曜日

団塊世代の青春時代

私が会社に入ってその4年後にどっと入社してきた世代が団塊世代社員のスタートでした。
私が盛んに地方私鉄めぐりをやっていた大学2~3年の頃、地方私鉄の通学時間は高校生で大盛況でした。日本の子供たちがピークで日本が最も活気ある時代であった。

最近、気づいたのですが、私の4学年下とは私が私鉄めぐりを盛んにやっている頃に団塊世代は高校生だったのですね。だから駅や列車は溢れんんばかりの高校生で大盛況だった。朝の東和歌山の高校生達も団塊世代だったのですね。
もうこんな時代は来ないでしょう。

朝の東和歌山駅前。1964.7.10
小さな電車に乗り切れないくらい高校生が溢れていた。