案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2017年10月8日日曜日

東北本線 仙台駅前

市電が走る仙台駅前。 1964.7.30  先輩のアルバムより

私が訪問したのは上の写真の一週間後であった。仙台市電の撮影に夢中になり仙台駅は1枚も撮ってなく全く記憶にないが、この時の仙台駅はこんなだったのだ。

東京オリンピック開催の年、活気溢れる仙台の街。 左手が仙台駅前   1964.08.08

市電が行き交う駅前の賑わい。市電も沢山の客が乗っている。

以下は当時の市電通りの街並みです。
片平一丁目検察庁前

東北本線を越える花京院~小田原一丁目と思ったのですが、片平一丁目検察庁前近くのようです。のんびりと電車と車と自転車が走る。ミゼットの小さいこと。道路を走る電車と車と自転車のバランスがこんなであった時代、これぞ環境と人に優しい理想の道路ではないだろうか。

ここから仙台駅方面へ向かってみます。
裁判所前~片平一丁目検察庁前。


 裁判所前


仙台の中心部でも道路に全く車がいない。

②系統は仙台駅前の手前で分かれて長町へ向かう。

長町車庫前

2013年7月31日水曜日

仙台市電 七夕まつり (再スキャン)

8月ともなれば東北の夏祭りシーズン、仙台では七夕まつりが6~8日に開催されます。
東京オリンピックが開催された1964年夏の仙台七夕まつりを何回かブログにアップしてきました。
2年前にスキャンした時は真夏の写真のハイライト白飛びがどうにも解決できなかったのですが、
最近はスキャナ(EPSON GT-X970)の環境設定で自動露出レベルを控えめにして自然な
感じが出せるようになりました。
再度スキャンして夏の仙台七夕まつりをもう一度アップしてみます。

東京オリンピック開催の年、活気溢れる仙台の風景. 丸光百貨店前.1964.08.08
高度成長期がスタートし元気一杯だった頃の日本の風景。この頃はまだマイカーなんて夢のまた夢。それがあっとい間に誰もが持てるようになり、豊かな暮らしへと社会の変化のスピードは大変なものであった。

元寺小路 左手が仙台駅前  

元寺小路

仙台「七夕まつり」の中心部「中央通名掛丁」入口.仙台市電 元寺小路

東一番丁(仙台郵便局前)

東一番丁(仙台郵便局前)

 東一番丁(仙台郵便局前)

南町通り

2013年5月8日水曜日

七夕まつりと家族連れ


オリンパスペンのネガで西馬音内の駅舎が写ったコマの次に七夕まつりが写っていて、てっきり湯沢の七夕と思っていたら、それは仙台の七夕であった。西馬音内の駅舎に写っていた家族連れを見ていると、仙台七夕まつりに写った当時の家族連れを見てみたくなりました。

1964(昭和39)年、日本は東京オリンピック開催、東海道新幹線開業に湧いた年であった。大卒初任給2万1千円、男性の平均寿命67.7才、エアコン普及率1.7%、白黒テレビ普及率87.8%、ハガキ5円等、こんな時代の七夕まつりの光景を見ると一族連れだって出掛ける家族が多かったようで、幼児は母親か祖母に背負われ、その周りに手をつないだ子供達が多いこと。この1964年あたりを境に日本の社会は何もかもが大きく変貌して行った。

仙台「七夕まつり」の中心部「中央通名掛丁」入口.仙台市電 元寺小路  1964.08.08

東一番丁(仙台郵便局前)

仙台「七夕まつり」の家族連れ

2011年11月16日水曜日

真夏の仙台市電

夏の仙台は七夕。昭和39年8月8日の七夕に市電が走る仙台の街はこんな風景であった。
この年の10月に開催された東京オリンピックの直前で、駅前の百貨店の飾り付けもオリンピックムードに溢れていた。東北三大祭があるこのお盆時期は東北の人出がピークとなり市電も活況があった。
鉄撮影旅行の合間に七夕だけはしっかり見学し、人並みに東北旅行をした気分を味わったものだった。

元寺小路  左手が仙台駅前  1964.8.8

元寺小路 東一番丁(仙台郵便局前)

元寺小路   中央通名掛丁の通り

七夕のメイン通り

元寺小路 
1970年の電停名の変更「元寺小路」→「中央一丁目」.

2011年11月15日火曜日

朝の仙台市電

仙台と云えば仙台市電が思い出される。
上野から夜行車中泊で朝を迎える仙台は東京から丁度よい距離で、朝から効率よく動くことができた。
夜行列車で到着する早朝の地方都市と云えば、ひと気のないうす暗い駅前に路面電車が走っている風景が定番であった。
前夜20時50分に上野を出発した青森行き鈍行列車は仙台に30分遅れで5時半頃に到着。
大都会仙台も早朝の駅前は人もまばらで通勤・通学時間前のひっそりとした風景であった。
昭和38年9月の仙台行きは市電と仙台機関区を同時進行で撮り、朝暗い内から仙台の街を駆け巡った。
あの時の風景の今をGoogleストリートビューで覗いてみるとその変貌ぶりに驚くばかりである。

全点ポップアップ拡大画像になります。   撮影日 1963.9.29
日が昇る前の朝の仙台駅前
様々な看板がいかにも地方都市らしい駅前
大都会仙台の駅前もこんな風景であった. 駅前の丸光百貨店が増改築中
仙台駅前の停留場
仙塩街道を行く10系統原町行. 花京院-小田原一丁目
花京院を出るとさんさんと差す朝日を浴び東北本線を越える.橋の碑は今もそのまま残る.
現在はこの上に新幹線高架ができうす暗い光景に一変した。
仙塩街道を行く10系統原町行. 花京院-小田原一丁目
東北線を越えると左にカーブする.
仙塩街道を行く9系統原町行
 花京院.  9系統 大学病院前行き
花京院の交差点