案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年10月14日日曜日

沼尻鉄道の廃線直後1

沼尻鉄道(磐梯急行電鉄)が営業休止になったのが1968(昭43)年10月、その翌年1969(昭44)年4月1日に廃止となった。廃線により沼尻鉄道のことはすっかり忘れていた1969年11月に二本松から安達太良山へ登り沼尻側に下ったことがあった。沼尻鉄道が営業休止してまだ1年後のことであった。

安達太良山 沼ノ平の硫黄.1969.11.02
 硫化水素など有毒ガスの発生で大変に危険な一帯となった.


沼尻駅に索道で運ばれて来た硫黄は安達太良山西側で採掘された硫黄であり、安達太良山、沼ノ平、沼尻硫黄鉱山、沼尻温泉(沼尻スキー場)、中ノ沢温泉、と沼尻駅は一体どんな位置関係になるかを地図で確認してみた。
赤字の沼尻駅沼尻硫黄鉱山 はかなり離れていることが判る。そして沼尻スキー場も沼尻駅からはけっこう離れていて、あの頃の沼尻鉄道スキー客は駅からバスでスキー場まで登ったのだろうか。
沼尻鉱山と沼尻駅の位置関係.  登山コース ヤマコレより.
安達太良山沼ノ平の西側にある沼尻硫黄鉱山から沼尻駅まで硫黄搬送用の索道が通っていた。



安達太良山登山で沼尻温泉へ下山するつもりが道を間違えて着いたのは中ノ沢温泉であった。
この中ノ沢温泉はいかにも温泉らしい湯治場で街の一角に営業休止後1年の沼尻3両が鎮座していた。
廃材の中に埋もれた粗大ゴミ同然で、後にこの3両はお化粧直しして猪苗代町に保存されている。

温泉街の一角で廃材に埋もれた元沼尻鉄道の車両. 中ノ沢温泉街 1969.11.03
DC121と ボサハ13

廃材置場のボサハ13とボサハ12

ボサハ13

ボサハ12    中ノ沢温泉街 1969.11.03

保存車 DC121+ボサハ12+ボサハ13  猪苗代町    2003.11.22
この車体カラーはあの沼尻カラーとはどうもイメージが一致しない.


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