案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2025年8月15日金曜日

ある夏の日 伊勢八王子

天白川沿いに走っていた廃止区間.西日野-室山  1965.8.5

近鉄八王子線は、西日野から伊勢八王子までは天白川に沿って走っていた。1974年の集中豪雨で天白川が氾濫し、その後、西日野〜伊勢八王子間は廃止となった。廃止前に一度、終点の伊勢八王子まで乗ったはずだ。

けれど、伊勢八王子駅そのものの記憶は残っていない。あるのは、たった2枚の写真だけだった。1枚は、客車の付け替え作業を写したもの。もう1枚は、駅舎の外観。この写真が伊勢八王子駅のものだと気づいたのは、つい最近のことだった。

記憶になく、写真だけが残っている。
それでも、なぜか忘れがたい消えてしまった終着駅 伊勢八王子。


伊勢八王子駅.
白い雲が浮かぶ真夏の空の下.駅の待合室ベンチに横になった二人の人影があり、昼下がりの静かな時間が流れているよう.

写真をよく見れば交換駅風景ではなく、終着駅で客車を付替えしている伊勢八王子駅であった。


天白川沿いを走っていた廃線区間.西日野-室山



6 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

廃止区間は酒蔵などが並ぶ風情ある場所でしたね、三重交通時代の塗装が映えますね。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
その通りで、この区間は川沿いが桜名所で酒蔵などがある風情あるところでした。そこに三重交通時代の美しいツートンカラーがよく似合いました。それを近鉄と合併で、濃いブドー色の近鉄カラーに塗り替えて台無しにしてしまいました。地方の車両は今でも汚くなる一方ですね。

匿名 さんのコメント...

旧八王子線で唯一残った西日野駅。昭和34年新設の四日市南高校がなかったら、西日野駅も消えて八王子線の痕跡は何も残らなかったと思われます。

モハメイドペ-パ- さんのコメント...

近鉄になって間もない頃、北勢線は乗ったけど内部八王子線はノーマ-クでした。廃止になった区間、単線のナロ-とはいえ、よくあんな所に線路を敷いたと思います。

 

katsu さんのコメント...

匿名さん
とても中途半端なところで線路を終わらせている西日野駅はそういうことでしたか。それにしても伊勢八王子までの沿線は昔からなんと住宅が多いこと。廃線以前は便利な路線だったのではないでしょうか。

katsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
全く同感です。川の土手に線路を敷いた感じがします。大雨が降ればひとたまりもないナローの線路。