案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2024年6月12日水曜日

縦位置画像 ナロー3題

 縦位置画像はスマホや本には収まりが良いが、PCで見る時は使いにくい。


最終日の遠鉄奥山線  1964.10.31
浜松市郊外の住宅地に溶け込んでいた電化ナローの奥山線。最終日の列車にカメラを向けるのは地元の人くらい。1964(昭和39)年はまだ鉄道ファンが地方路線の最終日に殺到するよう時代ではなかった。


井笠鉄道  北川 1967.3.8
北川駅から矢掛線が出ていて本線と並ぶ光景が堂々としていた。大軽便らしいこんな光景もこの翌月には矢掛線が消えた。


越後交通栃尾線 下長岡 1975.3.8
1975年3月に廃線となった栃尾線の最後の時代。新車両工場が建ち古典客車牽引から総括制御編成の近代化ナローに脱皮していた。そんな努力も虚しく大量の車両が一網打尽に消えた悲しい栃尾線。

2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

どのカットも素敵ですね!車両だけでなく街並みや駅施設、そして乗客や職員の姿・・なんとなく縦位置ってこういう「要素の凝縮」にはぴったりな気がします。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
お褒め戴きありがとうございます。
昔は縦位置をあまり撮ってなかったのですが写真集では扉などに縦位置が必要ですね。
PCでは横位置にトリミングして投稿することがありました。
今だったらタテヨコ両方撮っておくか、フルサイズカメラで撮っておけば済むと思います。