案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2021年10月19日火曜日

頸城鉄道 大池駅

 10月20日発売のTMS11月号 連載第29回は「頸城鉄道 大池駅」です。

TMS11月号ではこの"失われた情景"を2.5次元化した青木さんのTMSレイウトコンペ入賞作品の紹介記事とコラボになりました。


連載記事 地方私鉄 失われた情景 第29回の「頸城鉄道 大池駅」

レイアウトコンペ2021の入賞作品「頸城鉄道 大池駅1970」の製作記事が4頁にわたり紹介されました。

"失われた情景"大池駅を2.5次元化した作品。奥行きは125mmしかない。


奥行き125mmの情景。
気動車の奥行は20mm、実感的に見える親子も実はペラペラの薄さ。

2021年7月21日水曜日

漁港がすぐそば 滝駅

7月20日発売のTMS 8月号、失われた情景 第26回は「漁港がすぐそば 滝駅」です。
北陸鉄道の非電化路線「能登線」はまさに日本の夏でした。
能登半島を走っていた能登線の夏は海水浴客が賑やかで、
朝は殆どの気動車が出揃っていて様々な気動車+客車が海辺へ行き来していた。
何でこんな駅に降りたのかと思っていたのが羽咋から二つ目の滝駅。
ここから柴垣へ向って歩いて撮影ポイントに行くのが目的で下車したのであった。


昔の航空写真で小さな漁港と漁村そして滝駅の配置を知りジオラマ題材に纏めてみました。
ほとんど記憶は無いけどあの時の写真には様々な情報が記録されている。


滝駅の部分拡大写真。
スプリングポイントの向こうに拡がる滝駅。生い茂った草に埋もれてしまいそうなホームと線路。草むした構内で遊んでいる子供たち。未舗装で真っ白に乾いた道路を日傘を差して歩くご婦人。駅周辺には昭和30年代の民家が並ぶ。 1962.8.2


漁村を行く能登線の航空写真。1952年


滝駅の模型的路線図。


滝駅

2021年6月18日金曜日

志摩線 半島を行く

6月20日発売のTMS 7月号、失われた情景 第25回は「志摩線 半島をゆく」で近鉄に飲み込まれる直前の三重電気鉄道志摩線(1964年夏)です。

志摩半島と言えばリアス式海岸で名高い観光名所。志摩線はそんな名所とは縁がない半島内陸部の山間をクネクネ曲がるカーブだらけの路線で、鳥羽から終点賢島まで海岸沿いを走ることはほぼなかった。
観光バスが発達していて、こんな地の果てのような小私鉄を使う観光客は少なかったと思われるが、近鉄志摩線になって改軌して一気に近鉄観光路線となった。関西・中京地区から賢島まで直通特急が走っている今、昔の三重電鉄志摩線の面影は何もないだろう。
よく紹介されている廃線跡は三重電鉄ではなく近鉄志摩線のルート変更による旧線跡ではないだろうか。

TMS 2021年7月号

遠くに見える電車は志摩神明駅に到着する。

志摩神明-賢島
志摩神明-賢島間の丘陵とカーブの連続。


ここが上の写真の丘陵の下だったとはこれまで気づかなかった。志摩神明-賢島

まもなく賢島に到着する。 志摩神明-賢島

2021年4月19日月曜日

のどかな時代の流山駅

4月20日発売のTMS 5月号
失われた情景 第23回は「のどかな時代の流山駅」流山電気鉄道です。

1962年頃の流山駅には貨物駅があり味醂工場へ貨物引込線が延びていた。流山駅から味醂の貨物輸送が行われていたのどかな時代があった。当時の流山駅の魅力は貨物駅の引込線、目前に迫る自然豊かな台地などにあった。




マンジョウ本みりんと小さな木造貨車ワフ31。1962年

2021年3月7日日曜日

西大寺鉄道 広谷駅


 


1962年7月29日 この日の訪問記を調べてみると、西大寺鉄道と並走する全通間近い赤穂線の新しい軌道のことが書いてあった。これまで気付かなかったが赤穂線は広谷あたりで最も接近している。そこで写真を改めてみると洗濯物の向こうに新しい軌道が見える。


1962年9月1日赤穂線全通の数日後、9月6日に西大寺鉄道は廃止となった。

左手遠方に広谷を発車した気動車キハ6が見え、右手に西大寺の草ボウボウ線路の向こうに並走する赤穂線の新軌道がはっきりと分かる。この時の記録によれば新軌道でD51の重連が何か作業をやっていることが書かれていた。新軌道の試運転かバラスト硬めなどをやっていたのだろう。
58年前の遠い昔のことをネットで調べると、ほぼ同一日にここでD51を撮っていた鉄道ファンがいたのには驚いた。


左手部分拡大で広谷を発車したキハ6が見える。


広谷を発車し西大寺市へ向かうキハ6。

2020年12月20日日曜日

雪の永平寺駅

本日発売の鉄道模型趣味(TMS) 新月号の"地方私鉄 失われた情景"第19回は「雪の永平寺駅」京福電気鉄道永平寺線線です。

1968年、永平寺線では旧永平寺鉄道から引き継いだデハ104~107が活躍していて、三国港(東尋坊)~芦原温泉と永平寺詣の観光客を運んでいた。この日、日本海は大荒れであった。



TMS新年号.

永平寺駅の105.  1968.1.14

永平寺駅.


永平寺唐門.

2020年10月17日土曜日

大聖寺川を渡り山代へ

鉄道模型趣味(TMS) 11月号の"地方私鉄 失われた情景"第17回は「大聖寺川を渡り山代へ」北陸鉄道加南線です。1964年、木立を背に田園風景の中を温泉通いの電車が走っていた情景はまるで模型のようであった。




1966年航空写真。

一面田んぼだったところに今では豪華な温泉施設が並び、昔の面影残すは神社の木立くらいか。

1964年の一面の田んぼ。

大聖寺川を渡る。

土手を行く元温泉電軌モハ1800形

2020年9月18日金曜日

井笠鉄道 井原駅

 鉄道模型趣味(TMS) 10月号の"地方私鉄 失われた情景"第16回は「井笠鉄道 井原駅」です。
井笠鉄道末期の井原駅はホームの上に
ボーリング場がある駅ビルに改築されたが、1962年はかって栄えた大軽便の面影をまだ残す堂々とした駅であった。

9月20日発売

井原にいた車両など→井笠鉄道 井原駅

井原駅構内配線図の下絵

井原駅の笠岡行ホームと貨物上屋。 1962.7.30

ホハ18と駅本屋

ホハ5

元神高鉄道の2軸気動車 ジ16

2020年8月18日火曜日

貴志川線 雑型車の時代

鉄道模型趣味(TMS) 9月号の地方私鉄失われた情景第15回は「貴志川線 雑型車の時代」です。今回は楽しい雑型車の車両紹介となりました。


1931年 山東軽便鉄道→和歌山鉄道(非電化)に改称
1943年 全線(東和歌山~貴志)電化完了 (この頃からガソリンカーが電車化される)
1955年 和歌山電気軌道に吸収合併され和歌山電気軌道鉄道線となる
1961年 南海電鉄との合併で南海電気鉄道 貴志川線となる
2005年 和歌山電鐵 貴志川線設立

たま電車で有名な今の和歌山電鐵 貴志川線は、その昔 和歌山鉄道時代からの楽しい雑型車の時代があった。淡路と海を挟んで和歌山の貴志川線は淡路交通に負けずにガソリンカー改造の電車が盛んに活躍していた。撮影した1965年はまだ南海の息がそれほど掛かっていなかった時代。

朝の通勤・通学時間にはこんな珍編成が次々と東和歌山駅にやって来た。元片上鉄道や元和歌山鉄道のガソリンカーを改造して見事に電車に化けている。
前からモハ201+クハ803+モハ202  東和歌山 1965.8.4

戻って来たモハ202と奥には改装中の小型電車らしき2両が見える伊太祁曽の小さな車両工場。この頃は南海からつまらぬ大きな電車を押し付けられていたのでしょう。

日中はモハ202を切り離してクハ803(元片上鉄道)+モハ201(元和歌山鉄道)がのんびり走る。

2020年7月18日土曜日

霞ヶ浦湖畔 桃浦

鉄道模型趣味(TMS) 8月号は連載第14回目、関東鉄道鉾田線の「霞ヶ浦湖畔 桃浦」です。

2007年3月に廃線となった「鹿島鉄道」のずっと昔、関東鉄道鉾田線(元鹿島参宮鉄道鉾田線)は当時も常磐線石岡から霞ヶ浦の奥にある鉾田を結んでいた。1966(S41)年夏の終わりに鉾田線の霞ヶ浦湖畔「桃浦」を訪ねてみました。


先月に「鉾田線 桃浦駅のこと」をアップしましたが、この桃浦駅近くの湖畔を取り上げたものです。TMSの記事では帆曳船の小さな写真を掲載しました。

夕暮れの湖畔を行く旧東横キハと、霞ヶ浦に現れた帆曳船の漁。



2020年6月20日土曜日

花巻電鉄 中央花巻駅

今日発売の鉄道模型趣味(TMS) 7月号は連載第13回目の「街中の中央花巻駅」です。

花巻電鉄鉄道線は花巻中央から花巻温泉まで走っていましたが、その始発駅は国鉄花巻駅ではなく街中にあった中央花巻駅でした。かって、岩手軽便鉄道と花巻電鉄が並んだ(軽鉄)花巻駅との位置関係は図示の通りです。

TMS No.942号 7月号

TMSに載せた中央花巻駅は電車がいない駅全体の写真です。 1964.8.2

岩手軽便鉄道 (軽鉄)花巻駅のボールドウィンCタンク機 ケ236  

以下は鉄道線デハ57にまつわる画像でTMSには掲載していません。

花巻駅で客待ちしている鉄道線花巻温泉行き電車デハ57。 1966.3.3
左側は軌道線発着ホームで温泉郷の看板がズラリと並ぶ。この時は既に中央花巻駅まで延びていた線が廃止になり、鉄道線はこの花巻駅が始発駅であった。

いかにも春の陽ざしの中をやってきたデハ57。1966.3.3

馬ずら電車と並んだ鉄道線電車。花巻 1964.8.2

鉄道線デハ57。 花巻 1964.8.2

中央花巻へ向かうデハ57。花巻 1966.3.3

街中の中央花巻駅とは対照的な花巻温泉の洒落た駅舎。1964.8.2
福島交通湯野町、松本電鉄浅間温泉、花巻電鉄花巻温泉と温泉通い電車の終着駅はどこも魅力的な駅であった。

花巻の玄関口 東北本線花巻駅。1966.3.3