頸城鉄道が1968年部分廃線になる直前の夏は最後の活気が見られた。
この数か月後の10月に新黒井~百間町、百間町~浦川原が廃線となった。
貨物輸送をしていた時代で客貨混合長大編成の列車がまだ走っていた。
撮影:1968.8.18
終点 浦川原駅風景。
頸城鉄道が1968年部分廃線になる直前の夏は最後の活気が見られた。
この数か月後の10月に新黒井~百間町、百間町~浦川原が廃線となった。
貨物輸送をしていた時代で客貨混合長大編成の列車がまだ走っていた。
1962(昭和37)年夏の頸城鉄道を再スキャンしてみました。
これまで掲載してきた画像に比べ格段に画質がアップしています。
下の61年前のネガのスキャンで4点以外はゴミ削除やトーン調整が全く不要でした。
最後に残った百間町~飯室間の沿線は森に囲まれていて、この森の中には集落が点在していた。森を出ればそこは広大な穀倉地帯で人家はなかった。集落は直江津行のバスが走る道路から外れていてマイカー普及までは鉄道が生活に密着していた。
10月20日発売のTMS11月号 連載第29回は「頸城鉄道 大池駅」です。
TMS11月号ではこの"失われた情景"を2.5次元化した青木さんのTMSレイウトコンペ入賞作品の紹介記事とコラボになりました。
TMSレイアウトコンペ2021の入賞作品「頸城鉄道 大池駅1970」です。 TMS8月号でモノクロ写真と入賞作品の講評が紹介されました。
ブログのタイトルを久しぶりに変えてみました。
赤子を抱く若い奥さんが立つ大池駅⇒気動車ホジが去って行く大池の写真へ。
ネガのコマNoからはこの順になります。
廃線が近い飯室駅。
素晴らしい情景の駅であった。
部分廃止後、残された百間町~飯室間を2年と7ヵ月往復していた。
DBやDCが牽く列車は消え、ホジが単行で往復するメルヘンチックな世界があった。