案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2024年3月15日金曜日

「安芸線探訪」 安芸線跡を歩く

本の紹介です。

表紙に終点「あき」、裏表紙に起点「ごめん」の行先表示板を配置した「安芸線探訪」改訂新版。高知市のリーブル出版から全国書店で4月1日頃に発売開始予定だそうです。
訂正:Amazonは予約開始でした。

土佐電気鉄道安芸線の廃線跡の探訪で、帯に書いてあるように全24駅の現在と数多くの遺構、S37年の国土地理院の航空写真12駅、現役時代の安芸線の写真など。
既にRM LIBRARYなどでよく知られた歴史&車両の解説ではなく、上質な企画・デザインで安芸線が走った時代と今が味わえる書でした。
 






以下は私が後免町で見た安芸線です。1969.5.5

阪神一色の時代を迎えていた安芸線.後免町


軌道線を走っていた安芸線乗り入れ「あき」行き急行.

2020年3月21日土曜日

鉄道模型趣味誌の連載記事 第10回

今月発売の鉄道模型趣味(TMS)4月号は土佐電気鉄道の御免町ジャンクションです。
早いもので今月号で連載10回になります。
たった2ページの写真記事ですが毎回詰めの段階でえらい時間が掛かります。
先日もキーポイントになる背後に写る山の名称で、たった名称一言の調査にどれだけ時間を掛けてしまったか。こんな拘りも自己満足に過ぎないのかもしれません。



1969年、御免町駅で軌道線⇒鉄道線への乗入れ風景です。

2016年10月27日木曜日

土佐電の魅力1

後免町で軌道線が安芸線に乗り入れる素晴らしい光景があった.1969.5.5

五月晴れの安芸線風景.

安芸線の魅力溢れる車両.後免町

どれも魅力的な車両たち.


安芸線 後免町駅全景.

軌道線 後免町駅

2011年7月18日月曜日

土佐電 安芸線

土佐電気鉄道安芸線。
国鉄御免駅から安芸まで、黒潮おどる土佐湾太平洋沿いを1時間ほど走る。国鉄御免から一つ目の御免町で、鉄道線と軌道線の線路が繋がり、両線の駅が一体となっていた。この安芸線は1974年に全線廃止され、この乗入れ風景も消えてしまった。その後、土佐くろしお鉄道が開通したが、たぶん今の後免町駅に昔の面影は何もないだろう。

高知市内から来た直通てい(安芸線の手結)行きが左手の安芸線の線路に乗入れるところ.写真の601は密着連結器とジャンパ栓を装備した二連乗入れ仕様になっている.後免町  1969.5.5

クハニ3501+モハ5001+モハ5005    ポップアップ

クハニ3501 後免町
高知鉄道時代からの生え抜きガソリンカー3両がクハ化され、この1両のみがクハニ3501として
両→片運転台貫通ドア付に改造され生き残った。他の2両は阪神車体に載せ換えクハとなる。

阪神車体にガソリンカーの台車を履く.クハ3001
生え抜きガソリンカー2両は車体を阪神1101形に載せ換え2両のクハ3001と3002になった.

古い台車を履いたモハ5006 モハ5007 後免町車庫
安芸線電化時の古典車モハ1000形7両を阪神1101形車体に載せ換えモハ5001~5007となった.

クニ2101荷物車
元国鉄(佐久鉄道買収車)の気動車で、電化時にサハ化され更にクハ化された.

阪神車体と交換で降ろされた2両の元ガソリンカー クハ2002と2003の車体.後免町車庫


参考文献: 鉄道ピクトリアル臨時増刊号 私鉄車両めぐり第1分冊

2011年7月16日土曜日

土佐電 ごめん行き電車2


↑南国市後免町方面. 小篭通電停の手前で高知市から南国市に入る. 1969.5.5

高知市郊外の変化に富んだ未舗装併用軌道の区間は終わり、
篠原から後免西町まで専用軌道となり、直線区間をごめん行き電車が飛ばす.

後免西町~後免東町の併用軌道に入ると終点後免町も近い.

軌道線の終点後免町駅. 電車はここで高知市内(鏡川橋)へ引き返す. ポップアップ
到着した後免町駅の軌道線ホーム。ここで安芸線(鉄道線)に乗換えるか、直通乗り入れで安芸方面へ向かうことができる。ホームの先に安芸線の線路と車庫が見え、左に安芸線のホームがある。

軌道線の線路は鉄道線へつながっている.

はりまや橋から後免町までの後免線(軌道線)は、後免町駅で安芸線(鉄道線)と融合する場面が魅力的であった。後免町駅で軌道線が鉄道線の線路と繋がり、乗り入れ仕様の路面電車が安芸まで直通運転をやっていた。55年も昔(昭和30年)からこんな先駆的な取り組みをやっていたのに改めて驚かされる。

「のりかへ 後免町驛」と表示された軌道線のホーム.手前に安芸線(鉄道線)のホームがあり、軌道線からの直通乗り入れは左手が安芸方面となる.  ポップアップ

軌道線のホームと繋がった鉄道線(安芸線)のホーム.