案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2017年7月13日木曜日

有田鉄道(リニューアル)

2012年11月16日にアップした有田鉄道もスキャンやり直した写真と入替えました。

紀伊本線の藤並駅から有田川上流の金屋口までを結んでいた有田鉄道。廃線が2002年とは意外でよく生き続けた小鉄道であった。1964年に見た車両や施設はその後大きく変貌し、2002年廃線時の有田鉄道とはかなりイメージが異なる鉄道であった。
あまり話題にならない地味鉄道であったが、地元有田川町では鉄道施設や車両の保存活動が活発で、2010年3月に立派な「有田川町鉄道交流館」がオープンしている。


有田鉄道 藤並駅の光景。紀伊本線のホームに降りるとそこに有田鉄道の改札口があった。 1964.07.09     


この日はキハ210が活躍していた。元国鉄42000を昭和27年に払い下げを受けた。藤並

キハ210に乗って着いた金屋口は御坊臨港鉄道と同様で木材だらけ。有田川上流が木材産地で御坊臨港の終点日高川とよく似ている。

 終着駅金屋口の全景。



スマートなキハ250 山鹿温泉鉄道の注文流れ品で昭和29富士車両製の新製気動車。


こんな機関車がいた.DB10 jpg 4800pixからリサイズしたもの
昭和29年森製作所製でこれも蒸機の足回りを利用したディーゼル機.


tiff→jpg 4800pixからリサイズしたものと比較

有田川が流れる金屋町の玄関金屋口の駅前風景

2010年6月2日水曜日

有田鉄道 リニューアルに入替えた

紀伊本線の藤並駅から有田川上流の金屋口までを結んでいた有田鉄道。2002年に廃止された。
1964年に見た車両や施設は、その後大きく変貌する直前であったようだ。
話題にならない大変な地味鉄道であったが、地元有田川町では鉄道施設や車両の保存活動が活発で、今年、立派な「有田川町鉄道交流館」がオープンされた。

有田鉄道 藤並駅の光景。1964.7.9
まだキハ210(元国鉄42000の)が活躍していた。