案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
ラベル 会津鉄道 国鉄会津線 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 会津鉄道 国鉄会津線 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年12月14日木曜日

国鉄会津線 桑原~湯野上間


鉄友から頂戴した一冊の本.
蘇る記憶Ⅲ 竹島善一写分集.

会津地方の鉄道写真集だが適度な文章が入っていて「写文集」となっている。
鉄道ファンの写真にはまずない会津地方の風土豊かな写真が織り込まれて、蒸機時代の写真が活き活きしている。会津線の桑原と言えばダムに沈んだ集落や駅。

2011.11.29アップのリニューアル.
大川ダムの完成により難所を迂回するトンネルが出来て桑原駅は大川ダムの底に消え、上三寄~湯野上間の沿線風景は今の会津鉄道では見る事ができなくなってしまった。中でも桑原~湯野上間は会津線で最も美しい景観で、多くの鉄道ファンが訪れた撮影ポイントであった。

この区間のルート変更がよく分かります→ 廃線レポート会津線旧線 大川ダム水没区間

現在は若郷湖の湖底に沈んだ第一大川橋梁を渡る.  桑原-湯野上間 1971.10.2





第三大川橋梁を渡る 桑原-湯野上間  1971.10.2

雨上がりの第三大川橋梁を渡る. 桑原-湯野上間  1974.7.20

2019年11月2日土曜日

秋の会津

 冬を迎える会津の山並(那須の裏側)。 2011.11.22
8年前この景色に驚いた。

8年後、あの山並みの麓を訪れてみた。2019.11.1


久しぶりに秋の湯野上温泉駅に昼頃寄ってみました。
駅前には観光バスの駐車場があり、列車が到着すると次々と乗客が降りてきてバスに乗りこんだり駅の周辺を歩いたり・・・・、

今や大内宿、塔のへつり、湯野上温泉駅舎の会津バスツアーコースに会津鉄道乗車体験が組込まれているのでしょう。こうして会津鉄道が多くの観光客で賑わうのは嬉しいことです。
あの大内宿が南会津の一大観光メッカに。

1971年の湯野上周辺
観光駅舎になる以前の湯野上駅舎
会津西街道から細い道を奥へ入るとそこにあった大内宿の生活
大川沿いの塔のへつり

以下は撮影:2019.11.1
会津若松行が湯野上温泉に到着する。

会津若松行の列車からどっと団体客が下りてくる。

そして会津田島行が到着すると、こちらもどっと団体客が。 

団体客で賑わう湯野上温泉駅前。右手にバス駐車場ができた。
多くの人が作り物の駅舎を撮って楽しんでいた。

旧会津線の遺構。会津高原尾瀬口(旧会津滝ノ原)駅

会津高原尾瀬口(旧会津滝ノ原)駅

2017年4月23日日曜日

東武鉄道リバティ 運行開始

4月21日運行開始した浅草発6:30の会津田島行きリバティ一番列車に乗って南会津へ。ダイヤ改正で残念ながらあの浅草発会津田島行2ドアセミクロスシート快速は無くなってしまったのですね。

先日の小田急ロマンスカー利用箱根一泊と比べてみると、同一費用で満足度は数倍以上であった。見どころふんだんの日本のふるさと南会津、温泉宿の料理の素晴らしさ、そして特急の楽しさ。今度はリバティに乗って昔SLを追いかけた会津線撮影名所に行ってみたい。

初日の浅草駅 6:30発R表示とリバティ取材陣.

浅草発車時の3両(会津田島行)+3両(東武日光行)

会津田島に到着した一番列車 2017.4.21
会津田島到着の歓迎ぶり

会津田島駅前は町総出のリバティ歓迎一色で大変な盛り上り.
一番列車乗客に地元食べ物や日本酒がふるまわれた.

地元の号外

 クマ汁のふるまいで歓迎の魚屋 会津田島

会津鉄道と並ぶリバティ



日本のふるさと南会津 前沢曲家集落.いずれ大内宿のように「道の駅」化してしまうのか?

2014年2月19日水曜日

国鉄会津線 C11と大内宿-3

鉄道・民家を愛する青蛙 さんは2007年に大内宿を訪問していましたので、青蛙さんが撮った最近の大内宿と、まだ観光地化される以前1972年の大内宿(前々回に紹介)の風景を対比してみました。

奇麗に整備された大内宿の街並を俯瞰してみると見事な美しさだが、ひとたび道路に降りると俗化した観光スポットの光景がある。街並の遺産を保存維持して行くためには観光事業を進めるしかないのでしょうけど昔あった魅力は失われてしまう。

カラー3枚 撮影 青蛙さん

子安観音堂付近から見た大内宿.  2007年5月
遠方から見た大内宿の光景は5月の新緑に囲まれ茅葺屋根の街並が今でも美しい.
これを見ていると行きたくなってくる風景だ.

上の写真の反対側から道路を進むと左に鳥居、右に火の見やぐらがある.

さらに道路を奥へ進んだ奥から5軒目の大和屋あたりの賑わい.

上の写真の昔の風景. 1972年6月
観光地化される以前のひっそり静かな生活があった大内宿.

 



民家風に改築された最近の湯野上温泉駅. 2011年11月

初めて訪問した会津線.改築前の湯野上駅全景. 1971年10月

会津線C11が行く湯野上近辺 1971年10月

2014年2月16日日曜日

国鉄会津線 C11と大内宿-2

2回目に大内宿を訪問したのは1969年7月の雨上がりの日であった。会津線 湯野上駅近くの温泉宿に泊まり朝一にC11を撮ってから大内宿へ向かったが、会津線のC11はこの年の秋に消えてしまった。

2年前の大内宿に較べ大きな変化はないようであったが、民家の明るい色のトタン屋根など住まいの改修が少し進んでいたようで民家の原形も次第に変化し始めていたのでしょう。
この頃 既に観光化へ向かっていたのか民宿のような宿があったような気がする。

その後40年、私は行った事も調べたことも無かったが、大内宿の今をGoogleストリートビューで散策してみると驚きの別世界であった。みやげ物店、ねぎそば店、御食事処、これがあの時の大内宿なのか! 民家の屋根に昔の面影が残るが昔とは全く風景が違っている。

2年が経った大内宿は一部民家で改修が進んできたような気がする. 1974.07.21

一番に奥にある石碑(湯殿山)がある大きな民家


石碑(湯殿山)がある曲がり角にある民家.
民家の佇まい


民家の裏手

 湯野上(現湯野上温泉)駅のC11  1974.07.21

雨上がりの朝の湯野上駅

湯野上温泉街を行く会津線