案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2015年11月8日日曜日

昭和38年夏の広島駅

広島駅はC62特急列車の競演、こんな華やかな山陽本線も電化が進み、東京オリンピック開催の1964(昭和39)年秋を節目に広島駅の蒸機特急列車の時代も幕を閉じた。
撮影:田辺多知夫 1963.07.17

特急みずほ 機関車交換 

 C6240 特急あさかぜ用待機

 C6241 特急みずほ

 C6240 特急あさかぜ

 C625 特急はやぶさ

C59162

2015年11月7日土曜日

昭和38年夏の広島機関区

昭和39年10月の山陽本線全線電化の前年昭和38年夏の広島機関区、この時代はどこの機関区でもこんな迫力ある場面が撮れたことでしょう。広島機関区を訪問した田辺さんはしっかり庫内風景まで撮っていました。蒸気機関車で華やかだった時代の機関区の記録が貴重です。
撮影:田辺多知夫 1963.07.17

C62を整備する機関区の人たち


これから特急を牽引するC62の始業点検でしょうか.
山陽本線において京都駅 - 博多駅間の特急「かもめ」や寝台特急「あさかぜ」などの当時を代表する優等列車の牽引に充当された。

機関区に一体何両の蒸機がいたのでしょうか.

扇形機関庫にD52やC59などが顔を揃えた華やかな時代. 

2015年6月24日水曜日

北陸本線の電気式ディーゼル機関車 海坊主

昭和30年代後半の私鉄めぐりの旅では、さんざん利用した国鉄車両を私は殆ど撮らなかった。
蒸機から交代したDF50などは嫌われ者で特に撮らなかった。しかし今になってみると一時代の箱型電気式ディーゼル機関車はDF50でさえ魅力を感じてしまう。
ところで6両製造されたDD50はこの頃北陸本線で見ることができた。これはDF50よりずっと魅力的で、特にこの海坊主は昔の鉄道誌でも強く印象に残っている。今回も故田辺多知夫さん撮影の写真をアップしてみます。

撮影:田辺多知夫氏

DD50・3  1次型の海坊主  金沢  1963.07.12
DD50はこの海坊主の外観が強く印象に残る.
この数か月前1963年4月に金沢~福井間が交流電化された. 

DD50・6  2次型   金沢  1963.07.12
2次型では外観イメージの向上が図られ海坊主独特の重厚感はなくなった.

DD50・3 海坊主  倶利伽羅   1963.07.12


DF50 541 富山  1963.07.12
この翌年1964年8月に富山~金沢間が交流電化された.

DF50 510  石動   1963.07.12