案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
ラベル 上毛電気鉄道 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 上毛電気鉄道 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年10月27日火曜日

上毛電鉄 赤城山と青空

青空の出ぐあいを見て平日の朝北関東へ飛び出しました。

上毛電鉄を撮るなら赤城山を背景にして撮る、これを長いこと考えていた。

一回の訪問で満足ゆくものは撮れないのは当然で、ロケハンのつもりで今回撮ってきました。

気持ち良い青空と雲は午前まで、午後は大きな雲で陽が陰り情けない状況に。
次回は朝早く行って午前中に的を絞るのがよさそう。

桐生周辺の混み入った鉄道路線がサッパリ分からず東武と各線の接続がこれでやっと理解できた。

 

新屋-粕川  撮影:2020:10:26

赤城山を背景にのどかに走る。 
女渕城本丸跡の迷路のような先にあったひと気のない公園。

赤城山麓の秋の青空。 



午後の赤城山麓を行く。

新屋駅から歩いて粕川駅に着く頃には青空も勢いがなくなる。

昼過ぎの交換列車に粕川駅から乗った客はただ一人。

交換駅 粕川

浅草から2時間ほどで赤城駅に到着した東武特急「りょうもう5号」
ここで上毛電鉄に接続だが乗換えた客は私一人くらい。

東武特急「りょうもう5号」の終着駅赤城。

上毛電鉄の車内

遠い昔42年前の上毛電鉄デハニ52。1978年1月

2018年2月10日土曜日

昭和53年 赤城山麓 上毛電鉄

赤城おろしの空っ風が吹く大湖を訪れたのは、すっかり鉄撮りもやめていた昭和53年の1月であった。私の鉄道モノクロネガの最後になる。
あの頃、東京に近い中小私鉄の中で上信・上毛電鉄は魅力乏しい路線がであったが、40年が経って当時を写真で見ると、カレー色の生え抜きデハ100形やデハニ52が走っているだけで上毛電鉄も魅力的な時代であった。

この頃はマイカーを利用して撮りに行けるし、カメラも一眼レフに交代し、土日にどこへでも撮りに行けたのに、鉄撮りは中止。1970年代になっても関東一円にまだまだ魅力ある私鉄路線があったのに惜しいことをしてしまった。


今やすっかり有名になった大胡の車庫。1978.1.14 

大胡駅の風景。デハ81(元東武)  

赤城おろしの空っ風に吹かれて走るデハ100形。

カレー色した生え抜き電車。 デハニ50形52


空っ風吹く桑畑を行く デハ800形801。



西武のクモハ351形とクハ1411形がどっと入線してきた頃。大胡


2011年7月20日水曜日

上毛電鉄 カレー色した電車


夕暮れの桐生  1978.1.14  ポップアップ

上毛電鉄といえばカレー色した無骨な電車デハ100形・デハニ50形と上州名物赤城おろしの空っ風が思い出される。ここもまた何の変哲もない私鉄であったが、改めて当時の写真を見ると赤城山を背に空っ風に吹かれて走るカレー色電車がいかにも上毛らしくて良かった。訪問した1978年は西武カラーの電車が入線していて、このあたりからカレー色した電車は一掃されてしまったのだろう。

空っ風に吹かれて デハニ52    ポップアップ
カレー色した電車 デハニ52


赤城山をバックに走る デハ100形

クハ601. 元国鉄木造車の台車を使い車体を新作。

大胡車庫の午後の日差し


大胡駅の交換風景 クハ601 と クハ301

デハ81.元東武デハ2形(前面5枚窓)  大胡

デハ181  大胡

西武カラーのまま入線した元西武車両  大胡