案内文章
高度成長期に突入した1960年代は、
地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
。
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
を
回想してみました。
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2025年2月20日木曜日
SLが走った市電 3
川崎市電の過去記事より.公開日2016年4月8日
川崎駅前を出て京浜急行と並走する区間。
現在の川崎から想像もできない風景です。
撮影 田辺多知夫 1963.12.12
京急川崎駅からしばらく並走する川崎市電の専用軌道.
京浜急行との並走区間は工場地帯.
左に曲がり140号道路の併用軌道に入る.
京浜急行大師線デハ269と277
1963.12.12
特急あさかぜ 1963.12.12
2025年2月18日火曜日
SLが走った市電 2
埋もれている過去記事を再編集してアップします。
川崎市電の過去記事より.公開日2016年4月1日
前回に続き今回は田辺さんが同じ頃に撮った川崎市電をアップしてみます。
【前回の記事】
川崎駅前から塩浜まで川崎の工場地帯を市電が走っていた。
日本鋼管前~塩浜間は1435mm軌間に1067mm軌間が入った3線式区間で、国鉄のSL貨物列車が市電の線路を走る珍しい光景が見られた。
訪問した翌年1964年3月に池上新田~塩浜間が休止になり、さらに1969年3月には全線廃止となって消えてしまった。日本鋼管浜川崎などこの一帯は工場構内・専用線のSLの宝庫であり、こうしたSLに較べ川崎市電は目立たない存在であったようだ。
撮影 田辺多知夫
川崎市電 1963.12.12
川崎市電
三線式を走る国鉄C11
以下は前回アップしたもの.
市電とすれ違って3線式区間をやって来た国鉄のC11. 桜橋
2両目特殊貨車の拡大
2025年2月15日土曜日
SLが走った市電 1
今年は川崎市市制100周年で60年前の川崎を更に続けてみます。
川崎市電の過去記事より.公開日2011.8.14
川崎駅前から塩浜まで川崎の工場地帯を市電が走っていた。
日本鋼管前~塩浜間は1435mm軌間に1067mm軌間が入った3線式区間で、国鉄のSL貨物列車が市電の線路を走る珍しい光景が見られた。
訪問した翌年1964年3月に池上新田~塩浜間が休止になり、さらに1969年3月には全線廃止となって消えてしまった。日本鋼管浜川崎などこの一帯は工場構内・専用線のSLの宝庫であり、鉄道ファンにとってはこうしたSLに較べ川崎市電は目立たない存在であったようだ。
桜橋の風景 1963年6月
市電とすれ違って3線式区間をやって来た国鉄のC11. 桜橋
工場地帯を走る市電
専用軌道で3線式区間でないのは上並木~川崎駅前となる。日本鋼管前
以下は撮影:田辺多知夫氏
3
線区間を行く国鉄蒸機と川崎市電。
川崎市電/国鉄の3線区間のポイント。
参考文献: 鉄道ピクトリアル 私鉄車両めぐり第3分冊
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