案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2018年10月16日火曜日

写真展の終了。

昨日16時に、写真展「地方私鉄 1960年代の回想」が終了しました。
期間中の来場者数は3300名ほど(リコーイメージングの計測データ)で、多くの皆さまにご来場いただき誠にありがとうございました。

軽便祭講演会や写真展の来場者には日ごろ本ブログを見て戴いている方が大変多く、もっともっとブログをしっかりせねばと思い知らされました。
写真展で感想ノートに書き込まれた沢山の感想や、来場者にお会いして得た沢山の感想を、今後の「地方私鉄1960年代の回想」発信に役立てて行こうと考えています。

10/12日夕刻の毎日新聞デジタルニュースに使われた画像。
業務用スキャナでスキャニングした画像は小さくして(横800pix)もとても鮮明です。昔のモノクロネガでデジタル画像技術の進歩(スキャニングと画像処理とプリント)の恩恵を受けるには、ネガをしっかりと維持管理し続けることが決め手になるのでしょう。

最終日の最後まで熱心に見て、書いて下さる方々。

10月14日(日) の熱気。

10月13日(土)の会場。

10月13日(土)毎日朝刊の写真展紹介記事。そして写真集は完売 ありがとうございました。

嬉しいですね、空撮さんもいらしてくれました。

感想ノートや青春の記録

2018年10月12日金曜日

写真展 10月12日

皆さまのご来場ありがとうございました。
いよいよ明日から最後の3日間となりました。
開催は10月15日(月)までで、最終日は16:00終了です。

ここから始まる1日

後半、写真集の売れ行きが加速する。嬉しい悲鳴です。

人気の巨匠のジオラマ福島交通軌道線。

テーブルでは熱心な地方私鉄時刻表のファンが来訪。地方私鉄ファンは意外に多いのですね。とても熱心な人ばかり。

2018年10月9日火曜日

写真展 10月7、8日

7日と8日の写真展では長崎市街の写真に、ふるさとを見つけた長崎出身者が二人も来場しました。長崎で育ちその後東京に来られて、写真のあの時代からそれぞれが51年の人生を送って、今こうして新宿でめぐり会う不思議なご縁である。

「これ俺の家だよ!」
来場者から「これ俺の家だよ!」の声、生まれ育った51年前の長崎市街の写真に我家を発見。この写真の時は8才くらいだったそうだ。気になっていた周辺の古風な建物についていろいろ教えてもらうことが出来た。

拡大してみると。

「ここが私の女学校よ!」
そしてその翌日も長崎出身者が現れる。51年前の長崎市街の写真で「ここが私の女学校よ!」、「ここが私が住んでいたところ」と長崎の元女学生が現れた。それは何と昔googleで調べていたあの活水女子大(現名称)であった。

51年前の長崎電軌と活水女子大(現名称) 1967年3月
背後に見えるいかにも長崎らしい建築が気になってさんざん調べたことがあった。
昨日のご婦人は私と年齢が近いのでこの写真の頃、女学生でこの女学校に通っていたことになる。

 「ここが私が住んでいたところ」

 会場風景

2018年10月6日土曜日

写真展 10月6日

週末の三連休初日。やはり昼あたりから混みあってきた会場。
休日だけあって次々と来客があり対応に追われる一日でした。
多くの方にご来場頂き、まことにありがとうございました。
ゆっくりお話できなかった方にお詫び致します。
お話すると本ブログをいつも見て下さっている方が大変多く、
驚きと喜びの連続でした。


 朝の新宿センタービル

佐々木カメラマン撮影

月光印画紙を使った銀塩プリントのファイル3冊など。
ナローの模型を出してきた人も。

2018年10月5日金曜日

写真展 10月5日

この霞ヶ浦桃浦の写真は読み取る情報が少ないため写真展に展示するかしないか随分迷った1枚でした。ところがその心配とは逆に写真展ではよく話題になる1枚でした。

左の門から出てきたであろう女の子は一体何をしているのか、気動車が走る線路際にいて危なくないのか、門に向かって一目散に走り出さないのか、足を滑らして霞ヶ浦に落ちないのかなど。読み取る情報は少ないけど、いろいろ考え想像してしまう場面であるようだ。

今回の写真展で来場者の多くの方に共通している感想は
ゆるい時代。温かみがある風景。服装や建物、看板から時代を感じとれる。
なぜ人や車を入れて撮らなかったのか、なぜ地方私鉄を撮らなかったのかの反省。
周りの邪魔もの(人、車、電柱など)を排除して車両だけを撮ってしまった反省。などなど

表参道で軽便写真展を開催してから12年、あの時に比べ、写真に人を写し込んだ効果の感想が一層多くなってきたのは、この12年間の社会の進化がそう感じさせるのでしょう。

霞ヶ浦湖畔の桃浦 関東鉄道鉾田線 昭和41年夏

三重電気鉄道 日永駅 昭和40年夏

18:30 今日もこれにて終了。

2018年10月4日木曜日

写真展 10月4日

今回の写真展の特徴はテーブルに写真アルバムを置いてあることで、写真はデジタルを介さない昔からの銀塩プリントで、その殆どが月光印画紙に焼いたものです。

今回3冊のアルバムを用意しましが、本日も熱心にアルバムを見て戴く方が何人もいて、じっくりと1960年代を時間かけて楽しんで戴くとほんとうに嬉しいです。

 アルバム3冊を置いた丸テーブル。

福島交通軌道線


写真展 10月3日初日

今年2月に写真展が決定し下準備の後、3ヶ月間準備を進めてきて、いよいよ迎えた10月3日の初日、忘れることのできない一日となりました。

初日一番乗りはなんと大阪からわざわざこの日のためにいらして下さった方でした。また、今日一日いろいろな方とお話しができましたが、来場者には本ブログを見て戴いている方も多く嬉しい限りです。
夜のオープニングパーティではこの写真展について予想外の嬉しい評価ばかりでほっとしました。

開場15分前に準備完了。こんな展示で「地方私鉄1960年代の回想」がスタートしました。

一日目が終わるころ、これからオープニングパーティが近くの店で始まる。

2018年10月2日火曜日

昨夜のギャラリー搬入

昨夜の搬入ではchitetsuさんがうまい写真を撮ったのでfacebookから拝借しました。
私はこのような写真を撮る余裕なしでした。

明日10月3日(水)10:30にリコーイメージングスクエア新宿で、写真展「地方私鉄 1960年代の回想」がスタートし、火曜日休館で10月15日(月)まで開催です。私は毎日会場にいる予定です。


写真は全てゲータボードです。

写真展にジオラマの展示は珍しいことでしょう。
日本一の模型をchitestuさんに協力いただきました。

2018年9月30日日曜日

軽便賛歌Ⅸ 仙北鉄道2題

昨日は第14回軽便鉄道模型祭のプレイベントで和田(青蛙)さんと私で、仙北鉄道2題の講演会でした。開演30分前で会場は沢山の軽便ファンで埋まり、大変嬉しい限りでした。ご来場頂いたみなさんに厚く御礼申し上げます。
会場では軽便鉄道でつながった沢山の方にお会いでき至福のひとときでした。
今日の軽便模型祭にも行ってきましたが、軽便ファンがこれほどまで多いとは信じられません。 

この日の講演テーマ仙北鉄道2話

開演15分前

和田さんと私の紹介。


和田さんの講演

私の講演

翌日の模型展で、今回の講演会テーマである仙北鉄道の貨物長大編成がキットで発売されていたのには驚きました。

南軽出版の出版物も年々凄いですね。

今日の軽便模型祭。 軽便鉄道模型もここまで来るともう絶句。

2018年9月25日火曜日

都電8系統 恵比寿から渋谷橋へ

8系統の恵比寿を過ぎて明治通り渋谷橋交差点まで追ってみました。
東京オリンピック開催後3年の昭和42年、まだまだこの辺りの風景はのどかで、現在の渋谷橋あたりの大通りを見ると全く別世界になってしまった。毎年毎年こうして今昔の差が開いていくのでしょう。
撮影:1967.12.03
恵比寿の山手線ガード下。

左の車はこれですね。1965年東京モーターショウのスバル1000

渋谷橋から恵比寿へ向かっている8系統。

のどかな渋谷橋交差点近く。

街並みに1200がよく似合う。

渋谷橋で明治通りの34系統に合流する。

渋谷からやって来た34系統、そして8系統が分岐する渋谷橋。
空が広い!