案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2024年1月29日月曜日

横荘線の車両

今や模型の題材にしかならなくなった車両写真。

この時代の車両を好む鉄道ファン層(現在60代以上)も次第に縮小して行くことでしょう。

再掲ですが羽後交通横荘線の魅力的な客車などです。言い尽くされた車両経歴のことよりも模型で良き題材として横荘線が楽しめればと思います。今や模型の題材にしかならなくなった車両写真。

撮影:1966.3.4


横荘線横手の車庫風景.

横荘線の車両と車庫建屋.

軽便と較べ巨大なアーチバー台車を履いた珍品客車ホハニ3.
模型をやるならナローの沼尻や西大寺の客車と、この横荘線客車を並べてアーチバー台車を比較したいものです。


1965年西武所沢工場で客車化されたホハフ6(元都電)  横手
模型なら部品を組み合わせて仕様変更を楽しめる良き題材.

ホハニ4 (明治43年製 元国鉄) 横手


片面にバケットを設置したキハ2ともう一つの車庫.横手



 横手駅を発車した混合列車が二井山方面へ向かう.
古典客車と貨車を繋げた魅力溢れる混合列車. 

2018年5月8日火曜日

横手の1枚

もう何回もアップしてきた羽後交通横荘線の横手ですが、この混合列車の写真は、列車が小さ過ぎて、これまでトリミングで周辺をカットし列車を大きくしたものを使ってきました。

ここに貼った1枚はFBに投稿したもので、トリミングをやり直して周辺まで取り込んだものです。邪魔だと思っていた鉄塔も入れてみると意外です。小さすぎると思っていた列車もそうではなかった。

横荘線の混合列車 横手 1966.03.04
遠くに見える横手機関区の煙、横荘線の車庫だけでなく、鉄塔、横手市内の電波塔など、ありのままに入れたトリミング。
その結果、これまで↓と違って写真の余白が多くなり写真に拡がりがあり、写り込んだ情報量が増える。電柱などノイズも敢えて取り込むのが宮本常一流の撮り方であった。


これまでに使った写真で、無駄を排除し車両を手前に引き寄せたトリミング。
鉄塔が見えない送電線ケーブルが気になるし、1枚の写真の情報が少なくなってしまい、上と比べるとつまらない。


2017年2月17日金曜日

国鉄横手機関区の片隅で TMSに掲載した写真

横手機関区の片隅でひっそりと生息していた羽後交通横荘線。2011年に本ブログで1回だけ車両を主体に取り上げたことがあります(横荘線1回目)。 今回はあの古ぼけた小さな機関庫と国鉄横手機関区の位置関係が気になって写真を並べ確認してみました。

横荘線は横手駅を発車すると国鉄の線路の合間を縫って横手機関庫の脇を通り、その先にある横荘線の小さな機関庫の脇を抜け畑に出て奥羽本線と並走していた。
撮影 1966.03.04

横手駅を発車した列車は奥羽本線と国鉄横手機関区の合間を縫って南下する(再掲)


国鉄機関区と横荘線機関庫はこんな配置だったのでしょう.構内配線図は略図です

その先に横荘線の機関庫があり奥羽本線と並走する横荘線が南に延びる.

横手へ到着する気動車が機関庫脇の線路を通過する.

横荘線機関庫を背にして奥羽本線と並走する横荘線の混合列車.遠くに見える横手機関区の煙.

北(横手駅)側から見た横荘線の機関庫

キハ2、3は2台ともバケット無し側が南側となる.

機関庫に対面して横手駅側にもう一つ格納庫があった.背後が横手機関区.

以下は国鉄横手機関区と横手駅.
煙だらけの横手機関区(再掲)

横手駅から横手機関区の脇を南に向かう線路.

横手駅の奥羽本線 特急つばさ

横手の街

2011年9月19日月曜日

羽後交通 横荘線 再掲した

昨年5月17日の羽後交通横荘線を、リニューアルしてみました。



 混合列車が行く. 横手 1966.3.4
横荘線は、秋田県横手と日本海側の本荘を結ぶ計画で横荘の名がつけられたが、
果たせず横手~二井山間を営業していた。 
キハ3がホハニを牽いて横手機関区の脇を走る.
 ホハフ6(元都電)  


巨大なアーチバー台車を履いた珍品客車ホハニ3、羽後交通両線には様々な珍しい車両が在籍していた.

ホハニ4 (明治43年製 元国鉄)


 キハ3

撮影 marimoさん

国鉄 横手機関区