撮影:1966.12.31
案内文章
高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった。
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
を回想してみました。
2019年4月30日火曜日
2019年4月28日日曜日
福島交通 飯坂温泉行きの電車3
「飯坂温泉行きの電車1」をアップしたのは2011年でした。
あれから8年、もう一度をスキャンをやり直してシリーズとして1~繋げてみました。
一部再掲の画像がありますが全てスキャンをやり直してあります。
駅名不明 笹谷駅
擦上川 小川 松川を渡る。下流に軌道線のさいわい橋がある。
あれから8年、もう一度をスキャンをやり直してシリーズとして1~繋げてみました。
一部再掲の画像がありますが全てスキャンをやり直してあります。
撮影:1966.12.31
福島~飯坂温泉のほぼ中間に位置する「いずみ」駅
大晦日で人が行き交う道路と飯坂温泉に向かう電車。この年に新製したモハ5114
飯坂温泉に到着する。
温泉客で賑わう飯坂温泉駅。 S38年新製のデハ5012+5013 1966.12.31
2019年4月23日火曜日
福島交通 飯坂温泉行きの電車2
福島交通は軌道線の数々の名場面が有名ですが、その陰に隠れて地味なのが福島と飯坂温泉を結ぶ飯坂線。1964年に田辺さんが撮影したのどかな夏の風景です。
クルマのいない県道と果樹園を見て走るモハ1208。この2年後、1208も同様にヘッドライト脇に2灯が追加され新カラーリングになっていた。下の写真
撮影:田辺多知夫 1964.7.27
この1964年夏の電車はオーソドックスな地方私鉄電車で好ましい風貌であった。窓は全開でいかにも夏らしい。このモハ1211を2年後に見た時はヘッドライト脇に2灯が追加されおかしな顔つきになっていた。
S38年新製の2扉連接車 デハ5012+5013
何の変哲もない風景を行くモハ1208。
飯坂線の終点飯坂温泉の街の片隅にあった湯野町から出ていた軌道線.
茂みの小川と木立とトロリーラインの組合せが堪らない.
茂みの小川と木立とトロリーラインの組合せが堪らない.

2010年12月1日水曜日
川のフチにあった飯坂温泉駅
2010年11月30日火曜日
福島交通 坂温泉行きの電車1
ひなびた軌道線の湯野町駅から飯坂温泉に向かうと、街中には立派な温泉ホテルが多く、その中にある飯坂温泉駅はそれまでの軌道線とは違って別世界であった。飯坂温泉駅には乗客も多く駅も電車も奇麗で立派な電鉄であった。
規模が大きい有名温泉地のせいか、街もアカ抜けし鉄道に並走する道路も舗装され泥だらけのよう光景はここにはなかった。最新型の連節式電車などがバンバン走っていて、余りにもアカ抜けしていたため、訪問したことが全く記憶に残っていない鉄道であった。おかげで飯坂温泉から福島へ向かう途中に撮影した場所も不明で、marimoさんに調べてもらいやっと確定しました。marimoさんありがとうございました。

温泉客で賑わう飯坂温泉駅。 S38年新製のデハ5012-5013 1966.12.31
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| 道路と並走し飯坂温泉に向かう電車。この年に新製したモハ5114 |
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| 擦上川の鉄橋 |

曽根田の車庫風景。 モハ1209と1208 右はモハ1211

モハ1209と1208 幅狭窓の15m車 曽根田

モハ1202 1955年日車製広窓の15m車 曽根田

モハ1205と1204 1948年手塚製作所製の12m車。 曽根田

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