案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
ラベル 大分交通耶馬渓線 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 大分交通耶馬渓線 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年8月2日日曜日

雨の羅漢寺駅

 
羅漢寺駅

羅漢寺を守実行の気動車が発車すると、
人影のないホームに、切り離された客車が一両。
その向こうに、青の洞門の上に
雨で霞む耶馬渓の岩壁が迫っていた。
見事な風景の中にある駅なのに、
降りる人も乗る人もごくわずか。
耶馬渓を訪れる観光客は、
既にバス利用の時代になっていたのか。
雨の羅漢寺駅は静まり返っていた。
大分交通 耶馬渓線 1967年3月
(AIカラー化画像)



青の洞門


耶馬渓


耶馬渓を行く気動車

2026年2月26日木曜日

雨の耶馬渓

 大分交通 耶馬渓線  1967年春
耶馬渓を流れる山国川は、雨が降るとすぐに増水する。その川沿いを、耶馬渓線が走っていた。羅漢寺駅周辺は観光地として知られた土地だった。だがあの日は雨が楽しさを奪っていた。

耶馬渓に冷たい雨が降り、観光客の姿は見えない。増水した川辺に下り、雨に濡れながら一人列車を待った。何のために飲まず食わずでこんな辛いことをしているのか。学生だった私は、よくこんな問いかけを自分にすることがあった。

あれから40年余りが過ぎた頃、やっと苦労が報われる時代がやって来た。あの時に撮り歩いた蓄積は無駄ではなかった。



羅漢寺駅の向うにそそり立つ耶馬渓の奇岩.

青の洞門.


2024年2月20日火曜日

雨上がりの耶馬渓3


 撮影日:1967.3.5


羅漢寺駅のキハ101やまばと.


増水した山国川沿いを行く耶馬渓線の線路に現れる列車を待つ。




梅が咲く雨の耶馬渓.




景観の下にやって来た小さな気動車.


2024年2月12日月曜日

雨上がりの耶馬溪2

耶馬渓線の沿線でハイライトとなる羅漢寺駅は今や跡かたもないようだ。羅漢寺の駅および周辺の写真を並べてみます。

山国川に沿って走る列車が耶馬渓の景勝地に入ると、まもなく羅漢寺の駅に到着する。走ってきた洞門駅側を振り返ると「青の洞門」の上にそびえ立つ岩壁が迫り、鉄道(地方私鉄)と絶景が見事に備わった素晴らしい駅であった。

羅漢寺駅から、雨上がりの山国川沿いを上流へ歩いたが人の気配が全く無かったのが印象的。きっと観光客はバスでやってくるのだろう。沿線でカメラを持った鉄道ファンに出会うこともまずない時代であった。
撮影日:1967.3.5

羅漢寺駅へ引き返す手間で撮った1枚。左手に見える駅ホームと駅前の味わい深い民家、そして背後にそそり立つ耶馬渓の競秀峰。
フルサイズ ←クリックでフルサイズ画像へ

羅漢寺に到着した混合列車。羅漢寺から中津方面を見ると、耶馬渓の山国川に面した競秀峰が列車の背後にそそり立つ。

羅漢寺から引き返す車窓に「青の洞門」が見え、その先で山国川の鉄橋を渡る。
洞門 - 羅漢寺

青の洞門(隧道、トンネル)

羅漢寺を出た気動車の車窓に鳥居が見え、その向こうのに山国川に沿ってそそり立つ競秀峰とその裾にある大分県指定史跡 全長約342m 「青の洞門」が見える。洞門 - 羅漢寺


雨上がりの山国川橋梁を渡ると洞門の駅がある。沿線の民家は茅葺き屋根が多い。
 羅漢寺ー洞門
 

2024年2月11日日曜日

雨上がりの耶馬渓1

増水でよくニュースに出る大暴れする山国川を行く大分交通耶馬渓線.

耶馬渓の絶景と山国川が流れ青の洞門がある羅漢寺は魅力溢れる土地であった.

観光客もいない雨の耶馬渓はひっそりと静まり返っていた.

学生時代最後の撮影で、この翌月から社会人となったが社会はまだ週休1日の時代であった。

 
冠石から羅漢寺へ向かう耶馬渓線.1967.3.5
雨で増水した山国川.

2019年1月15日火曜日

大分交通耶馬渓線 車両の坩堝(るつぼ)1

大分交通の非電化路線は昭和40年8月に宇佐参宮線、昭和41年4月に国東線が廃線となり、昭和42年の耶馬渓線 中津車庫には各線の残党が集まり奇怪な車両の坩堝(るつぼ)であった。多くのファンが日豊本線中津駅から耶馬渓線の車両を撮ったことでしょう。

撮影:1967.3.5
日豊本線 中津

中津の3番線が耶馬渓線のりば

昭和42年の中津の車庫には、蒸機2両、DL3両、気動車13両、客車19両、貨車16両の計53両が在籍しまさに古典車両博物館であった。
余りに奇怪な車両が多く、夢中で撮りまくって疲れ果てたことが鮮明に記憶に残る。そして、こんな現場に好き勝手に入って撮影するのを許可してくれた良き時代が今では考えられない。


  参考:「消えた轍」ローカル私鉄廃線跡探訪 寺田裕一著 ネコ・パブリッシング

2011年4月10日日曜日

耶馬渓線 青の洞門

羅漢寺の駅を中津方面に戻ると、耶馬渓の山国川に面しそそり立つ競秀峰の裾にある「青の洞門」が右手に見え、山国川の鉄橋を渡り洞門駅に到着する。

羅漢寺駅(左手)の駅前と、背後にそそり立つ競秀峰。  1967.3.5

羅漢寺を出た気動車の車窓右に鳥居が見える。洞門 - 羅漢寺

鳥居の向こうのに、山国川に沿ってそそり立つ競秀峰とその裾にある
大分県指定史跡 全長約342m 「青の洞門」が見える。


青の洞門(隧道、トンネル)


2010年5月15日土曜日

名所 耶馬渓を行く

大分交通耶馬渓線。
日豊本線中津駅から山国川沿いを守実までを結ぶ。
青の洞門、耶馬渓の風光明媚なロケーションを魅力ある車両達が走っていた。

雨上がりの山国川橋梁を行く。羅漢寺ー洞門 1967.3.5
沿線の民家は茅葺き屋根が多い。



ここが青の洞門で、遠くに小さく耶馬渓線の鉄橋が見える。