案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2023年12月24日日曜日

芦原温泉

 京福三国芦原線の三国港駅は九頭竜川河口にある三国漁港が目前で、人影もない寂しい駅のホームから豪快な日本海の荒波が眺められた。その日の夜は芦原温泉に泊まり炬燵が入った布団に横になると外に新雪が積もり始め、翌朝の三国芦原線は真っ白な世界となった。




 撮影:1968.1.14

三国港


トレーラーを牽いて古い家並みを行く電車。 三国港
 
以下 撮影:1968.1.15

京福電鉄福井支社 三国芦原線 芦原


三国芦原線 芦原


国鉄三国線(芦原~金津)  芦原


国鉄金津(現:芦原温泉)駅の永平寺線

2020年12月20日日曜日

雪の永平寺駅

本日発売の鉄道模型趣味(TMS) 新月号の"地方私鉄 失われた情景"第19回は「雪の永平寺駅」京福電気鉄道永平寺線線です。

1968年、永平寺線では旧永平寺鉄道から引き継いだデハ104~107が活躍していて、三国港(東尋坊)~芦原温泉と永平寺詣の観光客を運んでいた。この日、日本海は大荒れであった。



TMS新年号.

永平寺駅の105.  1968.1.14

永平寺駅.


永平寺唐門.

2019年1月1日火曜日

新年

今年もよろしくお願いいたします。

昨年も皆さまからのアクセス、コメントをありがとうございました。
2010年5月に始めたブログも9年がたち、今年は10年目に入ります。
今年もどうかよろしくお願いいたします。

京福電鉄福井支社 三国芦原線  芦原 1968.1.15
国鉄三国線の線路が終わるところ。



昨年は写真集の発刊、トークショウ、写真展、軽便祭講演会と「地方私鉄 1960年代の回想」に絡んだ出版とイベントが続きました。写真展やイベントでは本ブログを見て戴いている多くのの方々にご来場いただき、本当にありがとうございました。皆さまのお蔭で盛況のうちに昨年1年が無事終わりました。

写真展、イベントでは多くの方々からブログを見ていますと声を掛けていただき、驚きとともにブログしっかりせねばを感じています。



三国線のこと

左の京福三国芦原線と並ぶ国鉄三国線。芦原
京福の芦原駅はその後「あわら湯のまち」駅となった。

北陸本線の金津(現:芦原温泉)駅。向こうに永平寺線が見える。

永平寺線金津車庫で休むホデハ201。
この電車は旧京都電燈所属でしたか。


2018年12月25日火曜日

京福電鉄三国芦原線。 三国港

三国港ー芦原 1968.1.14
2010年に「東尋坊へ向かう電車」そして2011年に「京福電鉄 永平寺から東尋坊へ」をアップしてから8年が経ちました。
終点三国港の写真を今、改めて眺めてみると、この8年の自分の感覚の変化で北陸の海辺の駅や民家が一段と魅力的に見えてきました。現在では綺麗に整備されて、写真に残る昔のこんな味わいは時代の進化と伴に益々深まっていくのでしょう。


松林の中に点在する建屋。三国芦原線の終着駅 三国港

海辺の駅、三国港駅

駅のすぐ裏に三国港と日本海が迫ってくる。

ひと気のない三国港の駅前。

目前に荒れ狂う日本海が拡がる終着駅の全景。この先に東尋坊がある。

荒れる日本海の潮を浴び全身ベタベタとなる。

2018年6月14日木曜日

京福福井支社 長閑に走る丸窓電車


昭和39年、京福福井支社ではボウ付きの丸窓電車が盛んに活躍していたよき時代であった。田辺さんが撮った丸窓電車をさらに追ってみます。

昭和43年、私が訪問した時はこれら旧永平寺鉄道からの引継車である楕円窓デハ104~107(昭和5年製)の内、105 106 107に乗ることができ、更に古いデハ101(大正15年製)も現役の姿を永平寺で見ることができた。ただし全車パンタに交換されていた。これらは一部を残し翌年に廃車になったようである。

 丸窓電車デハ102が古典車サハ52を牽いて走る。 1964.10.4

長閑に走る丸窓電車。

デハ107+デハ104

永平寺線を行くデハ107。  本丸岡

2018年6月11日月曜日

元浅野川線のポール電車

先日、西宮後さんからコメント戴いた元浅野川線の楕円窓付モハ1601とはこれですね。
浅野川線→金石線→小松線と転籍した注目の電車を思い出しました。

私が金石線を訪問した1964年12月は、既に転籍していたのか1601は見掛けず、その1年前、金石線中橋の車庫でポールを付けた1601を田辺さんが撮っていました。
この1601、私は写真でしか見たことがなく特に小松線でトレーラになった最後の姿が強烈でした。

昭和30年代後半、北陸の私鉄各線では実に興味深い電車が次々と姿を変え消えて行った時代でした。ほんの1年の差がいかいに大きいことか。

撮影:田辺多知夫
 元浅野川線のポール電車モハ1601(昭和初期の日車製)   金石線中橋車庫 1963.7.12

京福永平寺線 デハ107(昭和初期の日車製)  パンタ化以前のボウの姿が貴重です。 1964.10.4


デハ105(昭和初期の日車製)  金津 1964.10.4
こちらの永平寺線107や105は浅野川線の1601と風貌や丸窓がよく似ています。
これらも私が訪問した時はボウがパンタ化されていました。

2011年12月28日水曜日

京福電鉄 福井~福井口3

京福電鉄福井支社には個性豊かな電動貨車や機関車がいて楽しませてくれた。
金津に居たテキ20、東古市に居たテキ6など、1台ごとに形状が違うようで、
これらと福井~福井口にいた同類、そして機関車を並べてみました。

   東古市にいたテキ6   1968.1.14 

金津にいたテキ20.前歴は不明   1968.1.15

これらの電動貨車は京都電燈時代に梅鉢鉄工場で1920年にテキ6形テキ6~テキ11の6両を製造し、後に木造車体に鉄板を貼付た四輪単車となった。新福井駅に隣接した車庫の火災で3両が廃車となり残ったテキ6、7と9は制御器の違いからテキ6形6と、テキ7形7、9に形式が分かれた。
テキ6形はえちぜん鉄道の名物ML6形6となり勝山駅に保存されている。
  (引用: 里山工房さまの京福電鉄福井支社10 テキ6、20)

テキ7  福井-福井口 1968.1.14

テキ9  福井-福井口

テキ501  元庄川水力電気専用鉄道  福井-福井口

テキ512      福井口
元国鉄アプト式EC40形で 片側のボンネットを改造してデッキ付に.

2011年12月26日月曜日

京福電鉄 福井~福井口2

1968(昭43)年当時の京福電鉄福井支社の路線は下図の通りで、この直後に丸岡線、永平寺線(金津~東古市)が廃止となり、更に昭和49年に勝山~京福大野が廃止、平成14年に永平寺線が全廃となっている。

当時の福井~福井口間では京都電燈(後の越前本線)や三国芦原電鉄(後の三国芦原線)からのオリジナル車や東急、相模、、京王、阪神からの転入車など種々雑多な電車が活躍していた。



ホデハ11    福井口 1968.1.14


ホデハ13    福井口


ホデハ12 行先板には福井-京福大野の表示が    福井

いかにも京福電鉄らしいこれら2ケタのホデハ11形は三国芦原電鉄からのオリジナル車で、
1928年日本車両製。当時の私鉄向け標準車として製造され永平寺線のデハ102形104形と
同型のようである。この楕円戸袋窓付の標準タイプは上田、琴平、一畑などでも見られた。



三国線のトレーラ ホサハ17.  元永平寺鉄道デハ103の電装解除車.  福井


三国芦原線のホデハ1001形  福井
名鉄3800形をモデルに自社発注した新製車.


個性的なモハ271形    福井口
元相模鉄道1004~1006でその元は何と小田急1100形.
オリジナルとは随分イメージが変わってしまったものだ.


三国芦原線 ホデハ301形(元東急デハ3250形)     福井口