案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2024年9月12日木曜日

第20回軽便鉄道模型祭プレイベント『軽便讃歌13』

毎年恒例のプレイベント(講演)の宣伝です。

期日:2024年9月28日(土)
・会場:綿商会館 4Fホール

・開場13:00・開演13:30

プレイベントの案内サイト
https://keibenfes.exblog.jp/242393978/

『地方私鉄めぐり 魅力のナロー情景』
今回は、遠州鉄道奥山線をはじめとする、軽便鉄道の殊更印象深かった情景を中心に、当時の旅のポリシーやエピソードも交えつつの内容です。

1960年代に消えゆく地方私鉄を懸命に撮影し、その後眠ったままのネガを50~60年後に取り出しデジタル化してみると、当初の撮影ポリシーには無かった撮影対象が新鮮に蘇ってきた。情景こそが時を経て楽しめる写真となった。




2024年9月1日日曜日

60年前の小さな旅

先日8月17日にビックサイトで開催したJAM クリニック「地方私鉄 失われた情景」で
参加者に配布された冊子です。


冊子「60年前の小さな旅」
関東鉄道竜ヶ崎線

私が竜ヶ崎線を知ったのはTMS 89号に紹介された地方私鉄めぐり「鹿島参宮鉄道竜ヶ崎線」だった。TMS 89号は1955年12月号で昭和30年、私はまだ小学生だった。
この記事から竜ヶ崎線にすっかり惚れ込みマイカメラで真っ先に訪問したのが7年後の昭和37年とその翌年。TMS記事で見た5両の古典二軸客車は一両となり客貨混合列車は消えていたが蒸機2両が健在で、記事にあった昭和30年頃の鹿島参宮鉄道の面影が至るところに残されていた。




東京近郊でこんな蒸機が牽く列車の光景をまだ見ることができた昭和37年。 列車はハフ15(片ボギー)荷物車を連結して、まるで客貨混合列車のようだった。1962.3.29