案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2015年10月17日土曜日

昭和39年 何だこれは! の金沢4

翌年の昭和39年10月に田辺さんは再度北陸鉄道を訪問し小松線、石川線、市内線を撮っていました。この頃の小松線は北陸鉄道各線から玉突きで追い出されてきた古典物や小さな車両の寄せ集め場で、写っていた漫画に出てきそうな小型電車に目が惹き付けられました。

1971年に金石線からモハ3000形5両が入線したのを境に、それ以降は廃線まで何の変哲もない路線になってしまった小松線ですが、1971年まではこの小型電車が在籍し、さらに1965年までは種々雑多なトレーラや2軸電車が在籍し、北陸鉄道各線の生き残りが集められた貴重な路線であったのでした。
1962(昭和37)年に私が訪問した時の 北陸鉄道 小松線1(大画像にリニューアル)に奇怪な車両たちを紹介してあります。

撮影:田辺多知夫 1964.10.05  撮影場所全て小松 
ちっさな日鉄自動車製の兄弟モハ1002+モハ1001   1971年廃車
北鉄松金線→小松線 近江鉄道と同形


笑える可愛い電車モハ1001
オデコを何にぶつけたのか凹んでいる。

モハ1201  1971年廃車
能美電気鉄道(能美線)木南製デホ→金石線→小松線

サハ701+モハ502  1965年廃車
左 サハ701金石電気鉄道(金石線)デハ→サハ→小松線.前年に大野港駅の奥にいた単車.  
右 モハ502、501白水電気鉄道(小松線)デハで開業時からの電車.

モハ1814
加南線→金石線→小松線


昭和39年から数年後の昭和42年の小松線. 1967.09.29  撮影:katsu
雑多なトレーラは1965年までに整理され小型電車の時代が1971年まで続いた。

 1001のオデコの傷は治っていてツートンカラーになった.1967.09.29
昭和42年のこの明暗あるツートンは北鉄カラーでしょう。

モハ1201と1002

小型車3両が健在で、まだよき時代が続いていた小松駅

2012年4月28日土曜日

北陸鉄道 小松線2

その後小松線を訪問したのは仕事で小松へ出張したついでに立寄った1967年と1976年の2回だけで、
尾小屋鉄道のついでに小松線を訪問したのは初回の1962年だけでした。
やはり尾小屋鉄道訪問時は小松線まで手が回らなかったということに。

初回訪問から5年経った1967年はまだ2両の小型車モハ1000形が健在で、北陸鉄道金石線からきたモハ1201も見られた。ともに全長11.8mの小型車で日鉄自動車製と木南車両製で似たような電車をよく揃えたものである。前回(1962年)に見た雑多な車両達は一掃されてしまったようだ。


小型車モハ1001(車庫)と1002(駅).小松   1967.09.29

2012年4月27日金曜日

北陸鉄道 小松線1

北陸鉄道の紹介で最後となった小松線です。

尾小屋鉄道と小松線を初めて訪問したのは1962(昭37)年であった。
この時に見た単車やトレーラの凄い車両達はこの後1963~1965年にかけて廃車されてしまった。
昭和37年頃の時代は、どこの小私鉄でも戦後を生き延びた凄い車両達が最後を迎えていた時代であったような気がする。
この小松線も、この後に北陸鉄道金石線のモハ3000形5両に置き換えられると平凡な路線になってしまった。

小松線の小松駅. 駅には「ハニベ厳窟院大佛 北陸鉄道」と書かれた看板が.1962.08.01

庫内に休む主役モハ1002は日鉄自動車製の全長11.8mの可愛いい電車.


サハ511(元金石電気鉄道の客車)


モハ501(白山電気鉄道生え抜き) 503はボギー貨車に改造されて加南線にいた.
ブドウ色の単色 小松製作所プレス工場の脇にあった小松駅


サハ511(元金石電気鉄道の客車)

モハ502(白山電気鉄道生え抜き) このツートンが西鉄似カラーか?

これは凄い! 電車崩れの客車サハ571(元温泉電軌デハ15)

小松駅全景


直ぐ近くにある尾小屋鉄道の機関庫ではDC121が出動するところで
落着いた濃淡緑に塗られた旧塗装が印象的であった.