案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年6月25日木曜日

今、ブログは

 今の世の中、ブログは殆ど消滅かと思っていたら

そうでもなさそう。

リンクさせて頂いているブログ以外、

私はまず見ることがなかったブログ。

今も昔も、鉄道ブログの主体は「今の鉄道情報」

のような気がする。

そして、誰かが言っていたように写真は

益々車両写真に向かっているのは確か。

私にとって殆ど無縁の「今の鉄道情報」




より鮮明に出来るようになったモノクロ画像。

スプリングポイントの向こうに拡がる滝駅。
生い茂った草に埋もれてしまいそうな線路。
草むした構内で遊んでいる子供たち。
真っ白に乾いた道路を日傘を差して歩くご婦人。
道路沿いの傾いた電柱に裸電球の街灯が一つ。
傾いた線路通行禁止の警告板。
駅周辺に昭和30年代の民家。

こんな気動車が走っていた。


昭和30年代独特の色の記録.


北陸鉄道 能登線  昭和37年夏

2026年6月23日火曜日

月山と三山電車

機芸出版社から出版した「地方私鉄 失われた情景」の三山線でモノクロにして使った一枚です。
このネガカラー画像は不鮮明で色がよく分からない画像。AIでカラー鮮明化してみると白い月山がハッキリしてきた。ボケた果樹園の花のカタチも色もよく分かる。

モノクロ画像→カラー化の場合と違って、AIが勝手に造形することはなく、元のカラー画像鮮明化だけなのが安心できる。


三山線.羽前高松-新田 1971.5.6

左手が羽前高松方面で電車の背後に月山が入るのは、この羽前高松-新田間しかない。



 この位置で撮ると背後に朝日連峰が入る.1971.5.3
よくあるベタな色。

山形交通 三山線
(AIによるカラー画像の鮮明化)

2026年6月22日月曜日

余韻を追って

「余韻を追って」
情景、旅、音楽、人などに余韻が残るものがある。 
今追い続けているのは過去の記録ではなく、
あの時代が残した余韻である。



桃の花が咲く頃、小さな電車が暮らしを結んでいた。



山形交通三山線 1971.5.3
(AIによるカラー画像の鮮明化)

新潟交通 昭和の街並み(再)

「新潟交通 昭和の街並み」をアップしたのが2010年8月4日と2016年7月22日。
今回で3回目となります。今回はAIでカラー画像の鮮明化をやってみました。


県庁前-東関屋 1968.8.17
雨に濡れた商店街を今見ると、
街の色と電車の色がその時代の風景として調和していた。

県庁前-東関屋 1968.8.17


雨が上がった県庁前駅 1968.8.18
1985年 新潟県庁移転。
1992年 県庁前~東古谷間(併用軌道区間)が廃止で消えた駅舎。

新潟交通
(AIによるカラー画像の鮮明化)

2026年6月17日水曜日

東武のネルソ63号

次は中千住のネルソン63号の車両写真です。
Adobeで鮮明化してみました。

 中千住   撮影:1963.3.25

ネルソン1900年製造  前所有者 国鉄6252   東武入線1942年  廃車1963年




2026年6月15日月曜日

東武のネルソン64号

久しぶりに形式写真と言うか車両写真をFBに投稿してみました。ネルソンは過去に投稿済みですが、新たに調整した画像です。すると多くのコメントを戴き、後ろの有蓋貨車が三岐の貨車らしいということで、こちらに貨車を部分アップしてみました。
三岐の貨車に何を積んで東武からどこへ向かうのか、あるいは外部から東武へ何が運ばれたのか。

中千住  撮影:1963.3.25

東武のネルソン64号
このネルソンの車両写真は初めて投稿です。


ネルソン64号が貨物を牽いて業平橋へ向かう。



ネルソンの後に写った注目の貨車。

2026年6月12日金曜日

矢掛線の雲と民家

「矢掛線の雲と民家」

この日の井笠鉄道は青空に浮かぶ白い雲と、沿線の民家が印象的であった。北川から矢掛へ向かう列車を撮ったこの1枚。

これまでのカラー画像では空と遠方に見える民家が生きて来なかった。今回、AIで鮮明化したあと、Adobeで様々トーンを変えて仕上げてみると、作り物の白い雲ではなく元画像にあった雲のカタチや、民家などが鮮明に見えてきた。



矢掛線の雲と民家。 北川 1967.3.8


井笠鉄道 1967年春
(AIによるカラー画像の鮮明化)

2026年6月10日水曜日

早春の陽光

「早春の陽光」

草木が青々とした新芽を出し始めた両備地方に、やわらかな春の陽光が降りそそいでいた。この地方独特の家々の間を、小さな軽便鉄道が静かに通り過ぎてゆく。
暖かな陽気に包まれた午後、赤い気動車に牽かれた緑とクリームの客車は、この土地の日常の風景の一部だった。


色の調子が不満足だったカラー画像をAIで鮮明化してみると、死んだカラー画像が生きて来る。元画像がカラーなので車両のカラーはよくある暴走が無くて安心できる。ジオラマのような色あいから、渋い色合いまで何種類か生成画像を出して、その中の一枚を好みに仕上げてみた。



薬師 - 北川 1967.3.8



北川駅を発車し井原へ向かう。
井原駅では矢掛線のホジが発車を待っている。


井笠鉄道  昭和42年3月
(AIによるカラー画像の鮮明化)

2026年6月7日日曜日

真夏の淡路 宇山駅

「真夏の淡路 宇山駅」
洲本駅を発車した電車は民家の裏手をかすめるように走り、洲本川を渡り左へカーブするとほどなく宇山駅に到着した。

駅の待合室の壁には、島まつり案内や、「ご利用のみなさんへ」迫りくる廃線に関する紙面が貼られていた。洲本行のホームでは子ども連れの家族が電車を待っている。きっと洲本の島まつりへ向かうのだろう。笑い声と東京にはいない喧しいセミの鳴き声が混ざり合い、空気は夏一色に染まっていた。
以前、モノクロで取上げた宇山駅をカラーにしてみると、真夏の空に浮かぶ白い雲、乾いた駅前広場の暑さ、ゆっくり流れていた島の時間などが蘇って来る。夏の陽ざしも今ほど強くなかったあの夏の日はもうやって来ない。



淡路交通 宇山駅 1965.8.2

淡路交通 1965年夏 
(AIカラー化画像)

2026年6月3日水曜日

里山風景

「里山風景」

軽便鉄道の築堤の下に、一軒の民家がひっそりと建っている。庭先には洗濯物が干され、暖かい春の日差しを浴びていた。

当時、浜松郊外に自然豊かな里山があった。やがて各地で繰り広げられたのと同様に、丘陵は削られ、広大な宅地へと姿を変えていった。昭和30年代は、都市近郊にそんな里山がまだ息づいていた最後の時代だったかも知れない。

昭和30年代のをカラーにしてみると、写真を見ているというより、あの時代の空気の中へ戻って行くような感覚になる。


祝田駅から谷駅へ向かって三方ヶ原台地を上って行く列車。
その車窓に自然豊かな里山があった。1964.3.23


遠州鉄道 奥山線  1964年春
(AIカラー化画像