案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年9月24日金曜日

常磐線 仙台から四ツ倉へ

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朝一にまずは仙台機関区から。  C5990  1963.9.29

四ツ倉を訪ねた日(1963年9月29日)の国鉄蒸機のネガを掘り起こしてみました。
仙台機関区と周辺で東北本線の様々な蒸機を存分撮ってから、
常磐線上りC629の列車に乗り、四ツ倉に向う途中の画像をアップしてみました。
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交換駅で出会った下りC628  1963.9.29

常磐線上り列車を牽く C629





2010年9月23日木曜日

常磐線 平

四ツ倉を訪問した昭和38年は、常磐線の高萩 - 平間が電化され、更に一つ先の草野まで工事が進んでいた。平駅の構内は架線だらけとなり、刻々と迫る常磐線の電化が北へ北へと押し寄せていた。草野の先の四ツ倉からは障害物のないスッキリした非電化区間で、まだ蒸機時代であった。

平駅には沢山の魅力的な蒸機が            クリックでポップアップします
平  1963.9.29

架線のない区間で、C62の交換風景は大陸的な感じがした

気動車特急はつかり。四ツ倉から北は架線なくすっきりした光景に。


磐越東線のD60が牽く旅客列車       平 1963.9.29 

2010年9月22日水曜日

四ツ倉の古典SL

1963年9月29日撮影のネガを見ると、仙台で国鉄SLを撮ってから、常磐線のC62に乗り四ツ倉へ向かい古典SLを撮影している。英国ナスミス・ウィルソン社製の美しい600形が煙を上げて入替え作業の真っ最中であった。
5月5日にアップした画像は差替えました。

入替え作業をしている人の服装が変わっている。  1963.9.29

常磐線四ツ倉駅の脇で働いていた古典SL    1963.9.29


背後は常磐線四ツ倉駅


英国ナスミス・ウィルソン社製600形

2010年9月21日火曜日

倉敷市交通局

1970年に設立された水島臨海鉄道の前身は、この倉敷市交通局であった。
当時、旅客は元国鉄のキハ305が水島~倉敷市間を往復していて、地味で話題もない鉄道であった。交通公社の時刻表に出ていたのを頼りに訪ね、水島駅から倉敷市まで乗ってみた。

午前11時 ひと気のない水島駅。 表示板を見ると次の列車は11時50分までない。   1962.7.30

水島駅で発車を待つ倉敷市行のキハ305


キハ305 地方私鉄でよく見られた荷台付気動車

キハ305の運転室

水島駅の側線にはオハ31系が4両もいた

ホフ301    サボは水島⇔倉敷と表示

倉敷市駅

2010年9月19日日曜日

井笠鉄道 井原駅

赤いホジ2に揺られてたどり着いた終点井原(いばら)は、国産ジーンズの代表的な生産地。駅の周りはこの地方独特の白壁に黒瓦の家屋が多く、背後には山並みが迫っていた。
1971年に井笠鉄道が廃止され、1999年に開業した井原鉄道はJR伯備線総社とJR福塩線の神辺を結ぶ第3セクター鉄道で、井笠鉄道の終着駅であった神辺、井原、矢掛など旧山陽道に沿って走っている。井原駅は生まれ変わり、昔の光景もすっかり変貌してしまったことであろう。

井原駅の広々した構内にはホームが1本あり、笠岡行きと神辺行きが発着していた。周辺には貨物駅ホームや車庫2棟があり、ボギー客車や小さな気動車ホジ12やジ15が休んでいた。軽便しては大規模な駅であった。
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井原駅の全景    1962.7.30

大きな車庫 隣にはバスの車庫がある

四輪大型単車 ジ16


オープンデッキの美しいホハ8

ホジ12


神辺線ホジ7と井笠線(本線)ホジ102

貨物ホーム  何故か木箱入りビールの輸送が多かった?

くじ場で見た混合列車による貨物輸送

2010年9月18日土曜日

井笠鉄道 北川駅

北川   1962.7.30  ポップアップします
夏の北川駅 井笠線交換のひとコマ。
となりの矢掛支線のホームでは両端荷台付のホジが乗換客を待っていた。

2010年9月17日金曜日

井笠鉄道 くじ場のSL 1

くじ場の車庫では、休車となった軽便SLがかなりの台数庫内に保管されていた。
私達が訪問すると、親切に1号機を炎天下にひき出してくれて写真を撮らせてくれた。
このコッペル製Bタンク1号機は超有名となったSLである。
この他にコッペル製7号機や立山重工製10号機が居たが、別の建屋にも沢山のSLが居てこれらは数年後に内部を確認することができた。

ホジ9と1号機  1962.7.30 クリックでポップアップします

1号機を庫内から牽き出した ホジ9  この日は同系ホジ7が神辺線で活躍していた

コッペル製Bタンク 1号機

1号機の隣では木造客車の木工作業が行われていた


コッペル製 7号機


立山重工製Cタンク 10号機

2010年9月16日木曜日

井笠鉄道 くじ場の単端

1962年夏、くじ場車庫には沢山の単端や元単端が並んでいた。
くじ場の単端はジ6、ジ10、11、トレーラとなった元単端ハ17、18がいて、北川駅にはハ15、16がいた。単端ジ5(昭33廃車)を除き、これらはまだ現役だったが出番は殆どなかったと思われる。

井笠の代表的ボキー気動車ホジ9と、単端群       クリックでポップアップします
くじ場車庫   1962.7.30

単端の背中どうしを連結


奇麗に井笠色に塗装されていた ハ17


ジ10


最も痛んでいた ジ11


ジ6


ハ16と15  北川駅

2010年9月15日水曜日

下津井電鉄の車両

1962年当時活躍していた車両や、車庫にいた車両です。

気動車改造形のクハは5~8の4両があった。
クハ5 (編成はモハ65+クハ7+クハ5)    下津井    1962.7.29

栗原電鉄モハ→サハ1      下津井

気動車改造形
クハ8 (編成はモハ55+クハ6+クハ8)         茶屋町 背後は国鉄宇野線

電化の際に気動車から改造された気動車改造形モハは50.51.52.54.55.65の6両があった。
モハ52+サハ1+クハ22    下津井

最初の新造電車
モハ101+クハ21   下津井

ホワ5    下津井

開業時代からの客車
ホハフ2の車体(廃車)     下津井