案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
ラベル 静岡鉄道駿遠線 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 静岡鉄道駿遠線 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年11月7日木曜日

駿遠線の荷物合造車

 特記なきは1967.7.9撮影

駿遠線の荷物合造車ハニの風景。


荷物合造車ハニ1を牽くDB607機関車.芝 1963.4.4
奥山線の帰りに初めて駿遠線を訪問したのが1963年4月。いきなりDB607が牽く旅客列車に出会ったのには驚いた。まだ盛んにDB機関車が活躍していた時代であった。その中に初めて見る荷物合造車ハニ1が連結されていた。駿遠線は全く知らない車両ばかり。それくらい鉄道誌にはまだよく紹介されていない路線であった。

次々とDB機関車の列車が発着する袋井駅. DB604とDB608 1963.4.4




新岡崎で大きな荷を担いだ乗客がハニに乗り込むと、列車は袋井へ向って行った.

新岡崎で大きな荷を担いで乗り込んできた行商人2人.扉の向こうが荷物室で手前は定員32人の軽便の小さな客室.軽便らしい車内風景だった。



特異な外観が魅力のハニ1 新横須賀


ハニ1  新横須賀


ハニが休んでいた新横須賀駅の風景.


2023年7月8日土曜日

駿遠線を初めて訪問した頃。

1963年春、その正体がよく分からなかった静岡鉄道駿遠線を初めて訪問した。DB機関車が大活躍していたのが驚きであった。そんなネガの隣に写っていたのが東急東横線であった。 

撮影:1963年4月

DB機関車が牽く列車が次々やって来た駿遠線袋井駅。


袋井駅のDB機関車が牽く列車。


その頃の東急東横線 多摩川園前。


東急荷物電車 木造デワ3041


東急碑文谷工場ののデワ3001


この日の最後が二子玉川園で終わっていた。

2018年10月28日日曜日

駿遠線を初めて訪問した時。

1963(昭和38)年春、遠鉄奥山線の奥山まで撮りに行った帰りに初めて訪問した静岡鉄道駿遠線。東海道線袋井から二つ目の諸井あたりで初めて撮った沿線風景で、驚きの蒙古の戦車が牽く列車が次々と現れたのはこの時であった。気動車も客車もその全てが初めて見る車両ばかりで、この時の驚きと感激は二度目の訪問以降では薄くなってしまった。

撮影:1963.4.4 諸井近辺
自社製気動車が木造客車を牽いて竹藪に消えて行く。

諸井に到着するDB機関車が牽く列車。

DB機関車が客車1両だけ牽いて現れる。
赤ん坊を背負ったお母さんが後部のシートに座って、過ぎ去る景色を眺めている。

東海道線袋井駅の片隅から発車していた小さな車両達の駿遠線。

袋井で見た車両たち(蒙古の戦車は過去に掲載済みで除く)
キハD8 日車製

ハ8 岡部鉄工所製  旧佐世保鉄道 ハ7

ハ11 日車製

ハ7 日車製

ハ10 日車製

キハD4 日車製

ハ107、ハ112  袋井工場製

袋井工場の脇を行くDBが牽く列車。

袋井工場の部分拡大。

2017年9月1日金曜日

駿遠線の客車

今年5月にアップしたものの、つまらなぬものと思い引っ込めた車両写真集です。消去しようと思いましたが再度アッブしてみます。

駿遠線の客車の車両写真をランダムにアップしてみます。1967年7月9日撮影だけでもこれだけ、巨大軽便 総勢45両(客車)のほんの一部に過ぎません。車両写真の羅列は興味半減ですが敢えてやってみました。これらの客車が沿線住民にどう利用されたのか、活きた場面が最も関心あるところです。

ハ3 袋井工場 1967.7.9

 ハ115  ↑
 ハ19
 ハ2
 ハ106
  同時期撮影でこれとは別のハ106(バス窓ではない)がいる.駿遠線にはよくあること.
ハ107
 ハ103
 ハ10
 ハ9
ハ20
ハ28
ハ13 新藤枝

2017年5月29日月曜日

駿遠線の客車

先日アップした駿遠線客車は本意でない車両写真の羅列で失礼しました。
せっかく客車車両解説のコメントを戴きましたが、記事を入れ替えます。


東海道新幹線が走る時代にまだこんな別世界があった.袋井のハ9 1967.07.09


  袋井工場にいたくたびれたハ3.1967.07.09 

模型製作でお問い合わせがあったハ1.  袋井 1964.03.25


新藤枝を発車したハ13.まだ大手線があった時代.1964.03.25

駿遠客車の最高傑作 荷物合造車ハニ1.  新藤枝 1964.03.25

ハニ1の荷物室ドアと台車

雨上がりのひと時.ハ20  新藤枝

2017年5月21日日曜日

駿遠線の線路

駿遠線を袋井から諸井の先へ進むと何の変哲もない茶畑や田んぼの中をナローの線路が延びていた。ナローの線路に威圧感はなく自然に溶け込んでいる。こんな線路が御前崎を通って新藤枝まで延々60kmほど走り続ける駿遠線は正に巨大軽便。写真は巨大軽便のほんの入口に過ぎなかった。

諸井~芝  1964.11.01