2026年5月3日日曜日
夏の松本駅前
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「夏の松本駅前」松本電鉄 浅間線 1963年7月 夜行列車で松本に着いたのは、まだ夜明け前のことだった。 静まり返った駅前に立ち、これから始まる一日を思いながら歩き出す。 沿線をあちこち撮り歩き、再び駅前に戻ってきた頃には、 夏の陽はすっかり高く昇り、街はもう昼の顔になっていた...
「学校前の急カーブ」
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「学校前の急カーブ」松本電鉄 浅間線 1963年7月 砂利道の併用軌道を、埃を巻き上げながら木造電車がやって来る。 十分に速度を落とし、急カーブに差しかかると、 ギィギィと音を立てながら直角に曲がって、松本駅前へ向かっていった。 正面の高校では、生徒たちが大掃除に追われている。...
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2026年4月29日水曜日
記憶にある色を求めて 尾小屋DC121
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昭和30年代の地方私鉄独特なカラーリングの中で、今回のカラー化は尾小屋、沼尻、松本浅間線などの奇妙で曖昧な色を出すことが主目的であった。この路線に限らず昭和30年代の地方私鉄の奇妙な色はその殆どが昭和40年代に塗り替えられて、消滅してしまった。 その一つ尾小屋DC121が赤系にな...
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2026年4月26日日曜日
記憶にある色を求めて 北陸鉄道能登線
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1962(昭和37)の北陸鉄道能登線も昭和30年代らしいカラーリングで、北陸鉄道の標準色(クリーム/朱色)になる以前は、こんな昭和30年代らしい色であった記憶がある。決して朱色の能登線ではなかった。 記憶の裏付けとなるカラー情報はネットや書物に見つからず、やっと見つけた訪問ノート...
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2026年4月25日土曜日
記憶にある色を求めて 常総筑波鉄道筑波線
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1962(昭37)年の筑波線のカラーリングは、正に昭和30年代らしい色だったが、奇妙な色ではなくオーソドックスなツートンだった。窓下が少し明るめの紺色で、決して派手さは無かった。 #9999さん、ご指摘ありがとうございます。 側面にある常総筑波の複雑な社章、AIでは読みとれず消...
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2026年4月20日月曜日
秩父鉄道 熊谷駅
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秩父鉄道と言えば熊谷駅構内で見た美しい電機たち。あの頃の貨物輸送にこんな魅力的な電機が活躍していた。それと秩父鉄道のホームの先にいた東武熊谷線の美しい気動車。 熊谷駅 撮影:1965.5.30 東武熊谷線の気動車はまだブタ鼻ヘッドライトに改造前で、ツートンカラー(クリーム/濃紺...
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2026年4月19日日曜日
秩父鉄道SL列車と、63年前のC58 363
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先日、秩父鉄道SL(C58363)列車で熊谷から三峰口まで乗ってきました。 会社OB達との旅は、毎度飲み食い主体の飲み鉄であり、改めてSLと西武特急ラビューを撮りに行きたくなる絶好の季節であった。それにしても新緑の野山が美しかったこと。 撮影:2026.4.18 新緑を背にSL...
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2026年4月16日木曜日
西大寺の色
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西大寺鉄道を模型化するならマルーンはこんな感じだったか。 ホハ3 1962年夏
2026年4月13日月曜日
Oナローの線路
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昨日のイベントで見せてもらったOナロー(1/48)線路の作品。 マイクロエンジニアリングのコード83(レール高2.1mm)(実物30kg相当)のスパイク打込み。実物で30kg相当は沼尻の太いレールくらいになるが、模型にすると沼尻より細く見える。Oナローの地方私鉄ではレールは...
2026年4月8日水曜日
記憶にある色を求めて 沼尻鉄道
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モノクロ写真の生成AIによるカラー化。 AI任せでは色が出ない昭和30年代の難関車体色の代表が尾小屋DC121、浅間線、沼尻。 沼尻のカラー写真の事例がネットに多々あるが、その多くは模型のカラー写真。 書物の印刷でイメージに近いのが機芸出版社「軽便探訪」の表紙くらいであった。 青...
2026年4月4日土曜日
記憶にある色を求めて 松本電鉄浅間線
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刻々と進歩している生成AIによるカラー化。 試しに63年前の松本駅前の浅間線を生成AIカラー化してみた。 街並みの色に不自然さはないが、 浅間線のカラーリングがどうしても再現できなかった(1枚目)。 昭和30年代の地方私鉄カラーリングは独特で、特に浅間線のくすんだカラーリングの再...
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2026年3月30日月曜日
井笠ホハ10と三度目の出会い
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写真は1年前の3月30日に関水本線(関水埼玉工場)で撮影した元井笠ホハ10。 西武山口線仕様34号として見事に復元された。 井笠ホハ10の経歴 ①井笠鉄道での現役時代 ②井笠鉄道廃線後、西武山口線で使用され、 その後、西武遊園地でレストラン列車として使用される ③関水本線で山口...
2026年2月26日木曜日
雨の耶馬渓
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大分交通 耶馬渓線 1967年春 耶馬渓を流れる山国川は、雨が降るとすぐに増水する。その川沿いを、耶馬渓線が走っていた。羅漢寺駅周辺は観光地として知られた土地だった。だがあの日は雨が楽しさを奪っていた。 耶馬渓に冷たい雨が降り、観光客の姿は見えない。増水した川辺に下り、雨に濡...
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2026年2月1日日曜日
かつての新宿駅はこんなだった
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古い写真を見ると、私の10~20歳頃の新宿駅はこんなだった。(先輩のアルバムから) 60~70年前の新宿駅がその後すっかり変貌し、更に今また変わりつつある。 小田急の地上ホームで、上は手前にある新宿駅南口に向かう通路。地下ホームも出来て、駅の上に出来た小田急百貨店は、今、取り...
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2026年1月21日水曜日
広田尚敬 作品展「いつかまた 軽便鉄道」を観て思うこと
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2月1日まで開催中の 広田尚敬 作品展「いつかまた 軽便鉄道」 私は今回の写真展で初めて広田さんの軽便鉄道の作品を観て感動に震えたが、どういう狙いで撮影すればこういう作品になるのかを知りたかった。そして、鉄道写真でこのような作風に少しでも近いものが1980年代頃までは撮ろうと...
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2026年1月18日日曜日
トークイベント「広田尚敬 鉄道写真を語る」
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2026.1.17 JCIIで開催された主題のトークイベントを聴いて考えさせられることが様々あり、ブログに纏めてみました。 申し込みは100名で締め切られた。 広田さんのトーク 5万円写真集トークで編集長と広田さんと表紙のデザイナー 私は広田さんの作品は国鉄SL写真と名作「昭和...
2026年1月9日金曜日
九十九里鉄道の魅力
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九十九里鉄道を弊ブログで紹介したのはブログをスタートした2010年の年末でした。 高校時代の友人(飯島巌氏)が遺した紙焼きプリントを再度アップしてみます。 廃止となった1961年2月頃、私は高校生で九十九里の廃止は知っていたがカメラを持ってなく撮りに行くことが叶わなかった。まさか...
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2026年1月5日月曜日
軽便鉄道写真展
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今日からスタートした写真展へ行ってきました。 広田尚敬 作品展「いつかまた 軽便鉄道」 草軽、沼尻、九十九里 日本カメラ博物館JCIIフォトサロンで2月1日まで開催です。 写真展案内 1960年代に消えた軽便の頂点3路線、これを撮られた鉄道写真の頂点広田さんの写真展を楽しみにして...
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2026年1月1日木曜日
2026 新年
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あけましておめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願い致します。 川越線 川越駅 1966年 万両
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2025年12月23日火曜日
今日の銀座4丁目
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銀座プレイス1階 銀座プレイスのビルを6階に上がるとソニー・イメージングギャラリーがあり、12/25日まで開催中の日芸写真学科教員の3人展を見て来ました。 汽車のある情景が12点 https://www.sony.co.jp/united/imaging/gallery/de...
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