伊達駅前から湯野町へ向かう福島交通軌道線の電車。
この沿線はかつて養蚕が盛んで、養蚕で得たお金で飯坂温泉に繰り出した話があります。
この沿線はかつて養蚕が盛んで、養蚕で得たお金で飯坂温泉に繰り出した話があります。
沿線の桑畑は戦後果樹園に切り替えたそうだ。
最後に残った百間町~飯室間の沿線は森に囲まれていて、この森の中には集落が点在していた。森を出ればそこは広大な穀倉地帯で人家はなかった。集落は直江津行のバスが走る道路から外れていてマイカー普及までは鉄道が生活に密着していた。
お問い合わせがあったfacebookで最近の投稿例です。
facebookはスマホで見ることが多いのでモバイル版ですがパソコン版でも投稿は同じです。
熱海が梅で賑わう頃、暖かな一日を元会社OBで熱海に行って来ました。
サフィール踊り子号に乗って熱海軽便の「へっつい型機関車」と丹那トンネル東口にある丹那神社を訪問するのが目的でした。
その昔、国鉄磐越西線の川桁駅に下車し駅前に出ると沼尻鉄道の川桁駅があり広い構内と硫黄を国鉄貨車に積替する貨物ホームなどがあり、駅前には旅館や集落もあった。
先日、磐越西線各停に乗り日が暮れた川桁駅に停まると駅は無人駅で、その先の駅前は真っ暗でひと気もなし。こんな寂しい風景は今やどこの駅でも同じようだが、かつての川桁駅を思い浮かべるとあまりの変わりように悲しくなった。