案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2021年6月22日火曜日

西武狭山線のN101系

 西武鉄道列車位置アプリで狭山線に赤電が走っていたので西所沢へ駆けつけると引っ込んでしまい、アプリから消えた赤電。しばらくすると小手指から出てきた赤電はこの写真のあと待機線で休み、そのあと赤と黄色で狭山線を往復していたようだ。翌日の昼間は黄色と20000系で往復している。

昨日と違ってナイターがある今日夕方はどっと球場行直通が入線し様相は一変するのだろう。何も知らない私には狭山線のN101系運用がサッパリ分からなかった。


夕方、小手指から出場して来たところ。

ナイターがない日の夕方、西所沢で揃った赤と黄色のN101系。2021.6.21




暮れ行く西所沢を発車するN101系


2021年6月20日日曜日

JR新宿駅への私鉄乗入れ

 新宿高島屋の地下食品売場に新宿南口の通路を通ってよく買物に行くことがあるが、その下の5、6番線(離れ島)に出入りする列車には全く関心がなくホームに降りてみることもなかった。

東武特急「スペーシア」は一度撮りたいと思っていたので昨日初めて5番線ホームに降りて10:18到着し10:31発車するスペーシアを初めて撮ってみた。日光行は早朝の1本だけであとの3本は鬼怒川温泉行き、早朝以外の日光行きの客は浅草or北千住で乗車して下さいということか。

撮影:2021.6.19
3番線ホームから見たJR新宿南口から新宿高島屋へつながる通路。


5番線に到着した東武特急「スペーシア」100系  4番線ホームから。
この「雅」(紫色)基調のスペーシアが最も好ましい。

5番線を発車する東武特急「スペーシア」鬼怒川温泉行き。
新宿発は鬼怒川温泉行が1日3往復、東武日光行が1日1往復。
デビューして早や30年、今も古さを感じさせない素晴らしいデザイン。


雨の中を2番線にやって来たのが相模鉄道12000系で折返し海老名行となる。
いつ撮っても写真写りがよい電車。


2021年6月18日金曜日

志摩線 半島を行く

6月20日発売のTMS 7月号、失われた情景 第25回は「志摩線 半島をゆく」で近鉄に飲み込まれる直前の三重電気鉄道志摩線(1964年夏)です。

志摩半島と言えばリアス式海岸で名高い観光名所。志摩線はそんな名所とは縁がない半島内陸部の山間をクネクネ曲がるカーブだらけの路線で、鳥羽から終点賢島まで海岸沿いを走ることはほぼなかった。
観光バスが発達していて、こんな地の果てのような小私鉄を使う観光客は少なかったと思われるが、近鉄志摩線になって改軌して一気に近鉄観光路線となった。関西・中京地区から賢島まで直通特急が走っている今、昔の三重電鉄志摩線の面影は何もないだろう。
よく紹介されている廃線跡は三重電鉄ではなく近鉄志摩線のルート変更による旧線跡ではないだろうか。

TMS 2021年7月号

遠くに見える電車は志摩神明駅に到着する。

志摩神明-賢島
志摩神明-賢島間の丘陵とカーブの連続。


ここが上の写真の丘陵の下だったとはこれまで気づかなかった。志摩神明-賢島

まもなく賢島に到着する。 志摩神明-賢島

2021年5月30日日曜日

西大寺市駅

西大寺鉄道のネガのスキャンをやり直しました。
これまでの写真の再掲になりますが、西大寺市駅と車庫を再度アップしてみます。


撮影:1962.07.29
終点西大寺市駅にあった車庫は一体何両格納されていたのかオープンデッキのボギー客車がビッシリ詰まっていた。単端は車庫に押し込まれていてキハ1と2などは全く写真が撮れなかった。表に出ていたのは客車ハボ14と駅の側線にいた客車4両とボギー貨車くらいであった。右手に整備工場棟がある。


顔を出していた巨大単端キハ10(左)と単端キハ5。
最大の注目がこのキハ10でこんなゲテモノ見たことないクラスの単端。

庫内は「西大寺裸まつり」の輸送に使われる大量のボギー客車が押し込められていた。奥のほうに前面流線型単端キハ1と2や、埃かぶった使われていない大型客車など。写真の平屋根客車は元菊池鉄道。



工場の脇に側線が1本、そこにあった給油塔設備と単端のターンテーブル。
線路の奥には活気あるバス整備工場があり鉄道と整備が兼用だったようだ。


駅の側線で休んでいた美しいボギー客車。


西大寺市駅の全景。左手に大変立派な駅舎があった。


まるで東南アジア風の貨物駅。


客車と同一サイズのアーチバーを履いていた貨車。

2021年5月21日金曜日

最後の夏 西大寺鉄道

 4月20日発売のTMS 6月号、
失われた情景 第24回は「最後の夏」西大寺鉄道です。
1962(昭和37)年の夏、まもなく廃線を迎える西大寺鉄道は
くたびれた線路を元気に走っていました。





西大寺鉄道にはユニークな車両が沢山いたのですがTMSの連載は車両紹介ではないので、いつもこんな再スキャン写真が使われずに残ります。


西大寺市


大量の客車などが押し込まれていた西大寺市の車庫。単端キハ5


巨大な単端キハ10


整備工場の内部にいた3両の単端は、後がキハ4でその前に巨大な単端キハ8、さらに入口にキハ5(写真上)がいた。

2021年5月7日金曜日

カメラテスト ある日の川越と小江戸号

先日の撮影はSony Gレンズ 24mm F2.8 Eマウント広角を装着してカメラの設定確認テストでした。テスト結果は私の無知な設定で「Jpeg撮ってだし」は殆どが不満で、なんとかアップできたのがこの若干補正の1点と補正なしの3点。
撮った後に補正するならRawで撮るべきだが、最適なカメラの設定を見つけて「Jpeg撮ってだし」としたい。








2021年4月28日水曜日

レッドアロー・クラシックのラストラン

ラストランの最終日4月29日、この日も懲りずに撮ってしまいました。


夕方の上り 武蔵関  2021.4.23



雨の最終日 朝の上り    2021.4.29

2011年秋にリバイバルカラーで登場した西武特急レッドアロー。
9年半に亘ったリバイバルカラーの定期運行が4月29日に終了した。
昨年3月から新宿線の特急「小江戸」号として使われて来たがコロナの中を走った悲運な1年であった。

2021年4月26日月曜日

西武新宿線 4月の朝

 

2021.4.26 ズーム280mm/35mm判換算


消えゆくレッドアロー・クラシックと新緑を組合わせようと狙っていたところ、
高校生たちの朝らしい風景が入ってくれました。

2012年までは朝の上り急行N101系前パン車で撮り続けていたアングルです。
このアングルで撮りたい列車はもうこれで終わりでしょう。


2021年4月22日木曜日

今日の西武新宿線

 珍しく新宿線を撮ってみました。

4月29日に終了するレッドアロー・クラシック。
この後は5月にイベントで数回運転されるようです。


田無-西武柳沢

東伏見-西武柳沢

夕方の下り列車を広角24mmで。武蔵関-東伏見 2021.4.23


2021年4月19日月曜日

のどかな時代の流山駅

4月20日発売のTMS 5月号
失われた情景 第23回は「のどかな時代の流山駅」流山電気鉄道です。

1962年頃の流山駅には貨物駅があり味醂工場へ貨物引込線が延びていた。流山駅から味醂の貨物輸送が行われていたのどかな時代があった。当時の流山駅の魅力は貨物駅の引込線、目前に迫る自然豊かな台地などにあった。




マンジョウ本みりんと小さな木造貨車ワフ31。1962年

2021年3月19日金曜日

消えた上町(かんまち)線

 3月20日発売の鉄道模型趣味(TMS) 4月号の"失われた情景"第22回は鹿児島市電です。
かっては市役所前から清水町まで2.2kmの上町線(1985年廃止)が走っていた。

撮影:1967.03.01






志布志から海潟に出て桜島の袴腰を後に連絡船で鹿児島港へ向かう。


桜島の噴煙を望む大学病院前。
左手前が当時の鹿児島大学医学部附属病院で右手に鶴丸城址の堀が見える。


鹿児島大学医学部附属病院がある大学病院前。


薩摩義士碑の前のカーブを行く清水町行の300形。
ここから専用軌道となり、勾配を登り鹿児島本線をオーバークロスする。

左手に西郷隆盛終焉の地がある「岩崎谷」電停。すぐ下を鹿児島本線が走る。


鹿児島本線を超えると鹿児島の城下町「上町地区」が前方に開ける。