案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2018年8月30日木曜日

ハーフサイズカメラ オリンパスペンの実力

1964年にオリンパスペンSで撮った沼尻鉄道内野停留所の1枚。
この写真は、最近の業務用スキャナーとプリントで大サイズにどれだけ耐えられるかテストしてもらったものです。プリントはA4変形「写真集」見開きより大きく、半切(355×430)に近いサイズ(330×450)です。
待合所の板張りの木目もはっきり分かります。
ハーフのネガでは不鮮明で大きくプリントできないが常識だったのが、今やデジタル技術の進化であの小さなハーフのネガでもそこそこの大きさにプリントできるということに。



2018年8月25日土曜日

仙北鉄道の浅部駅

浅部駅は古ぼけた待合室と立木の組合せがジオラマの題材(駅)にでもなりそう。
コンクリートの壁に土を盛り上げたホームは立派で、沼尻鉄道の停留所などと比べると遥かに立派な駅である。
1964.8.4
終点登米の一つ手前、畑の中にポツンとあった駅あさべ

味わい深い待合室に客が一人

やがて登米からやって来た気動車

沿線は一面の田んぼ

ジオラマの題材になりそうな、こちらは沼尻の「内野」停留所 1964.1.3

こちらも沼尻の「白津」停留所

2018年8月23日木曜日

第14回軽便鉄道模型祭プレイベント『軽便讃歌Ⅸ』のお知らせ

今年の軽便模型祭のプレイベントで和田英昭(私鉄めぐり仲間)さんと私で講演をやります。
軽便鉄道模型祭 公式ブログに開催案内がアップされました。
9月29日 土曜の午後に是非いらして下さい。

講演は仙北鉄道の2話です。
・北上川ほとりのスイッチバック駅
・軽便貨物の活気


公式ブログより
来る9月30日(日)に第14回を開催予定の『軽便鉄道模型祭』ですが、その前日に当たる9月29日(土)に、同じ会場にて講演会『軽便讃歌Ⅸ』を開催いたします。
今年もまた、ベテラン趣味人の方々により、貴重な作品の映像を交えながらナローゲージの魅力を語っていただきます。

・期日:2017年9月29日(土)
・会場:綿商会館 4Fホール
 会場地図 http://www.mensyou.co.jp/map.htm
・開場13:30・開演14:00(※例年より開始時間が30分遅くなります)
(途中休憩有り、17:30頃終了予定)

・入場料:1,000円
・ご参加にあたって事前のお申込は不要です。
当日13時30分頃を目安にご来場のうえ、受付にて入場券をお求め下さい。

2018年8月19日日曜日

昨日のビックサイト

昨日18日は第19回 国際鉄道模型コンベンションの二日目。
会場のビックサイトには開門前から沢山のファンが詰めかけていた。
会場東1館にはありとあらゆる鉄道ジャンルの展示があり、模型作品の展示ではレイアウトから車両までレベルの高い作品が多く、その詳細報告はSNSで拡散されていることでしょう。

子供からお年寄りまで自分の好きなジャンルを見て楽しめるイベント。今や幅広い集客で「国際鉄道模型コンベンション」は「国際鉄道コンベンション」に名称を変えた方がよいくらい。
鉄道趣味を持ったことで幸せそうな人たちが何と多いことか! これを一番感じた1日であった。

朝の有明。この日の快適さはまるで秋のよう。 2018.8.18 

午前中はクリニック(セミナー)でまた名取さんと地方私鉄1960年代の対談をやりました。沢山の皆さんにお集まり戴きありがとうございました。

1日ではとても見切れない会場。

宮下さんの新作は1/87福島交通で毎度素晴らしい地方私鉄情景。

 翌日にステージイベントがある 堀越さんたちの写真展「北辺の機関車たち」

この日のステージイベントは名取さんと荒川好夫さんの対談「C62重連最後の冬」 

荒川良夫写真展「 C62重連 最後の冬」ニセコを追った21日間
これを見にきた国鉄蒸機ファンの先輩方が1枚1枚写真を見ては語り楽しんでいました。
この写真集「 C62重連 最後の冬」がOFFICE NATORIから出版されました。


2018年8月13日月曜日

昭和38年 田辺さんの東京散歩

1964年東京オリンピック開催後、昭和40年代に入ると東京の風景も面白くなくなってしまった。ところが、その僅か数年前の昭和38年の東京にはこんな風景がころがっていた。当時はこれが当たり前で私はカメラを向けることがなかったが、今、写真で見ると大変な風景だったのだ。

撮影:田辺多知夫 1964年12月
都電はやはりこの時代の車が入るとインパクトがある。

今やお洒落な恵比寿駅前もこんな風景であった。

恵比寿から駒沢通りを中目黒へ向かう8系統。

 恵比寿の米軍DD12
部分拡大

ED17

ED16

五反田駅前

2018年8月10日金曜日

写真展「地方私鉄 1960年代の回想」のお知らせです。

先日、ギャラリーのHPで写真展案内が公開されましたので改めて詳細をお知らせします。

今年4月発売の写真集「地方私鉄 1960年代の回想」のテーマで写真展を新宿のリコーイメージングスクエア新宿で開催します。写真集以外の写真も含め1960年代の地方私鉄約40点を展示します。原画ならではの味わいをじっくりとご堪能下さい。
約2週間、毎日会場に立合いますので是非お立ち寄りください。

会場は新宿西口のセンタービル中地下1階にあります。新宿駅 西口 徒歩約8分
会期
 2018年10月3日(水)~10月15日(月)10月9日(火曜)は休館
 10:30~18:30(最終日は16:00終了)
会場
 リコーイメージングスクエア新宿 ギャラリーⅠ
 〒163-0690
 東京都新宿区西新宿1-25-1
   新宿センタービル中地下1階 050-3534-6371


2018年8月4日土曜日

常磐線 四ッ倉にまつわる話。

四ッ倉を訪問したのは1963年の秋だった。
この頃の常磐線にはあの有名なC62牽引の特急「ゆうづる」はまだ登場してなかった。
C62「ゆうづる」と言えばストロボ撮影で有名な田澤氏、彼はこの頃1/80 13mmと10.5mmナローをやっていた。

四ッ倉の古典ロコ600形を教えてくれたのが、この頃アルバイト先の福島模型で一緒だった慶応の小川氏であった。
彼は盛んに磐越東線D60に通い詰めていて、私は彼の撮影旅行の徹底ぶりにかなり影響を受けた。地方私鉄めぐりも彼の徹底したやり方で旅をしようと。
この頃、彼は確か1/80で四ッ倉600形を作っていたが、その後、Nゲージに転向しスクラッチビルドで古典蒸機専門に製作を続けているようだ。
福島模型のアルバイトでは田辺さんも一緒であった。ちょうど東京オリンピックの工事が盛んな頃で武道館や科学技術館が工事真っ盛りであった。

 撮影:1963.9.29
四ッ倉の駅前。 海に向かって道路が延び駅前には旅館があった。  

磐城セメント四ッ倉のナスミス・ウィルソン社製600形の脇を常磐線が走る。

磐城セメント四ッ倉工場の600形。

常磐線 C62が牽く各停列車。四ッ倉

丘に登り海を眺める。

近くで行われていた四ッ倉の葬儀風景。

気動車特急「はつかり」 四ツ倉から北は架線がなくすっきりしていた。

1965年に登場したC62特急「ゆうづる」 1966.8.9  撮影:田辺多知夫

C62特急「ゆうづる」 末続あたりか?   1966.5.4 撮影:田辺多知夫

2018年7月29日日曜日

玉電 引込線があった用賀駅(再掲)

引き込み線あった用賀駅のことをアップしたのが2012年2月1日、あれから早や6年以上がたちました。引込み線の話題がFacebookにあったので、奥まってしまった6年前の記事をコメントそのままに引出してみました。

この側線の先を右へカーブしたところは一体どんなであったのか。宵闇さんがネットで調べて教えてくれた凄いサイトによると、そこには映画館「用賀新東宝」、用賀ストア、大衆食堂、床屋があり、ガレキ広場の先で引き込み線が終わっている画像(映画のロケ地)が出てきた。
航空写真もあって、それによれば引込み線の終端は今の世田谷ビジネススクエア(高層ビル)辺りになる。現在の田園都市線の用賀からは想像もつかない用賀駅前があったのですね。


当時の玉電用賀駅にはちょっとした引込線があり路面電車の単調な駅に変化を与えていた。この頃の路面電車の存在は人々の生活に密着していたのでしょう。


引込線が右へカーブしていく。側線はホーム脇まで延びていて子供達の遊び場になっていた。1969.4.22 


用賀の駅を出て左にカーブし大山街道を玉電瀬田へ向かう.  1965.7.27
現在の用賀駅前のカーブ。 2015年4月

上の写真の踏切を渡ると木立の脇をカーブし併用軌道(大山街道)に入る。1965.7.27
現在の用賀駅前。 2015年4月


桜新町を過ぎ専用軌道区間の坂を下ると用賀に到着する。 1969.4.22
左にホーム脇まで延びた側線が見える。

夏の日の用賀駅 1965.7.27

2018年7月20日金曜日

仙北鉄道

ともに撮り歩いた青蛙さんの素晴らしい仙北鉄道を。

撮影:和田英昭 1964年夏
北上川の風を受け一関街道を行くリヤカー、孫の手をひく祖母、そして米谷を発車した気動車が登米(とよま)へと向かう。 北上川のほとりに詩情あふれる風景があった。

先日アップした米谷駅はこちら→ 仙北鉄道米谷駅

2018年7月18日水曜日

静岡鉄道清水市内線

この写真の陽ざしは朝でしょう。
自社工場製の模型的な車両の魅力、路面電車が専用軌道を走る楽しさなど、魅力溢れる路線であった。といっても私は何べんも計画立てながら他を優先してしまい、訪問が叶わなかった路線。
田辺さんが撮った清水市内線からです。

撮影:田辺多知夫 1967.1.7
 じっと見ていたくなる新清水の朝の光景。朝の光線が素晴らしいですね。
巨大サイズにプリントしてみたくなります。

1枚目と2枚目の写真はシーケンスで、電車の動きや人の動きが分かる。電車(55)は国道から新清水駅に入って行くところで、湊橋 横砂に向かう電車(60)が接近し、向こうに横砂 港橋行きの電車(66)が朝もやの中に消えていく。背後に写る建物には正月明けの「新春初売り出し 新静岡センター」の文字が見える。

湊橋 横砂行きの62。

東海道本線越えの撮影名所。

電車は1台1台外観が異なっている。


背後の山並みの向こうにうっすら見えるのが富士山の頭のようです。
59+58でパンタが一丁??、固定編成でしょうか。
→皆さんの情報から固定編成ということが分かり、現地の方から下記メールを戴きました。
59+58ほとんど朝のラッシュ時しか走らず、いつも新清水駅構内の側線にいて、走行写真は大変に貴重なものです。

59+58

路面電車が専用軌道を走る魅力溢れる風景。

清水市内線といえばこの海坊主55~59。