案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年7月29日水曜日

越後平野を行く

栃尾線は1970年代に総括制御になり車両が明るいツートンカラーに塗られた。その前の時代はマルーン一色の電車が雑多な客車を牽いて越後平野を走っていた。全ての車両がマルーン一色の地味カラーで3月の寒くて暗い越後平野に埋没しそうなカラーであった。


加津保-椿沢 


加津保

春と呼ぶには、まだ寒すぎた。
雪が残る山々と、冬枯れの越後平野。
冷え切った田んぼがどこまでも続き、
小さな列車が静かに通り過ぎてゆく。
あの時の越後平野には、
まだ冬の余韻が残っていた。

越後交通 栃尾線 1964年3月
(AIカラー化画像)

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