案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年6月3日水曜日

里山風景

「里山風景」奥山線 1964年春

軽便鉄道の築堤の下に、一軒の民家がひっそりと建っている。庭先には洗濯物が干され、暖かい春の日差しを浴びていた。

当時、浜松郊外に自然豊かな里山があった。やがて各地で繰り広げられたのと同様に、丘陵は削られ、広大な宅地へと姿を変えていった。昭和30年代は、都市近郊にそんな里山がまだ息づいていた最後の時代だったかも知れない。
(AIカラー化画像)

昭和30年代のをカラーにしてみると、写真を見ているというより、あの時代の空気の中へ戻って行くような感覚になる。


ハーフ判モノクロ画像をカラー化したもの。



2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

10年ほど前、奥山線の廃線跡を徘徊したことがあります、曳馬野あたりまではすっかり浜松の近郊住宅地と化していて、鉄道に充分需要がありそうですが、一方でナローではカバーできないだろうなあ、と思いました。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
奥山線沿線の近郊住宅地と言えば、この谷地区の宅地化が凄かった。もう20年も前の事ですが、今では衰退が始まっているかも知れません。