案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年8月25日火曜日

山陽電軌の2軸車

下関の朝は山陽電軌の2軸車が活躍していた。当時 2軸車は12両在籍し、朝夕のラッシュ時に下関~東下関駅間で使われた。朝のラッシュが終わると、次々と戻って来た2軸車で東下関駅車庫は賑わった。

 撮影:1967.2.27


朝ラッシュ時の2軸車。 門司下関駅前 (AIカラー化画像) バスの色は正確ではありません。


東下関駅車庫に戻って来た2軸車。


陽が昇った日中の下関駅前に2軸車はいない。

2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

学生時代は毎年九州電車巡りしていたのに、本州側の山陽電軌はついに訪問せずに終わってしまいました。海沿いを走る区間や単線専用軌道など、魅力的な沿線だったのに、門司の巨人北九州線に気を取られていました。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
車両がかなりバラエティに富んだいたけど余り注目されなかった路線だと思います。少ない時間で撮った枚数がとても多かったのは、如何に撮りたくなる車両や場面が多かったかです。