案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年8月7日金曜日

横浜駅前1964年

1964年10月10日
この日は東京オリンピック開会式があった歴史的な日。秋晴れの青空の下、記念乗車券を求めて横浜に向かった。その時の相模鉄道、横浜市電のオリンピク記念乗車券が今も手元に残る。

あれから62年。空が広かった横浜駅と街並みもすっかり変わり当時の面影は何もない。2軸単車が走っていた当時の横浜は、ジブリの「コクリコ坂から」 1963年5月とちょうど時代が重なる。

(AIカラー化画像)

 





6 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こんにちは。いつも楽しみにしています。

空が大きい(広い?)です。故郷の街も現在居住する街も、かつてはそうでした。道路は戦後の拡張ですかね?車が僅かしか映り込んでいないのも印象的です。カラー化して下さると、時代を飛び越えてリアルタイムの風景に思えます。
美しくも活力あるあの頃を懐かしく思います。

モハメイドペーパー さんのコメント...

この頃の横浜駅東口はなにもなかったですね。オリンピックの記念乗車券、私もいろいろ買い集めました。

katsu さんのコメント...

匿名さん
コメントありがとうこざいます。
この時代はどこでも本当に空が広いですね。今、横浜駅東口に出ると、国道の位置関係は変わってないようですが、駅との位置関係が全く分からなかったです。当然かも知れません、あれから62年。

katsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
オリンピックの記念乗車券をいろいろ集めましたが、今や持っていても何の役にも立たず、処分するだけです。それよりも学割周遊券や「一筆書き切符」の方がどれだけ大切か思い知らされました。

匿名 さんのコメント...

横浜駅前と言えばお写真の右に国鉄横浜機関区の扇形庫があったのを記憶しています、市電の窓から機関区に停泊してるSLの頭が見えました。横浜か桜木町から本牧・三渓園方面の市電で麦田町の親戚まで乗るのが楽しみでした。

katsu さんのコメント...

匿名さん
横浜~桜木町間を行く横浜市電の海側に国鉄横浜機関区があり、扇形機関庫の中にC56が3両休み、外には火を入れたC56が活躍していた。市電と国鉄蒸機を同時に楽しめた時代でした。