案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年7月2日木曜日

曇天の加賀平野

「曇天の加賀平野」

加賀温泉郷が衰退する、ずっと前、動橋から、温泉行きの電車が静かに走っていた。

黒く垂れ込めた黒い雲は、今にも雨か雪を降らせそう。暗い北陸の冬空の中で、遠い山並みにわずかに光がさす。

かつて、こんな鉄道が走っていたことは、地元でも忘れ去られてしまったかも知れない。



新動橋 - 庄 1964.12.29


  北陸鉄道 加南線 1964年12月
  (AIカラー化画像) 

2 件のコメント:

代打・山本 さんのコメント...

全線廃止から今年で55年になるので、電車が走っていたのを知っている人はほぼ還暦を過ぎています。山中温泉と大聖寺に車両が保存されていますが、当時を知る人が少なくなってゆく中で維持管理も大変でしょう。

北鉄ノスタル爺 さんのコメント...

以前の回のカラー化ですね。
立派なくたに号・しらさぎ号が走る山中線からは見劣りがした動橋線(山代線)でしたが、今振り返ると、クリーム/朱色の小型車が殆ど単行で慎ましくのんびりと走る雰囲気もまた魅力的でした。

雪国にはやはり朱色がよく映えて、視認性としても、雪景色とのコントラストとしても美しかったと思います。