1962年夏、国鉄時刻表にあった「日の丸自動車・法勝寺電鉄」を頼りに山陰本線米子駅に降り、米子駅の地下道をくぐり反対側に出ると、「日の丸自動車㈱電車部米子市駅」の看板を掲げた駅があり、木造電車が朝一番の発車を待っていた。朝日を浴びたツートンカラーが強烈に記憶に残り、あの時の記憶に近いのがこんな色であつた。
(生成AIカラー化画像)
屋根の色は記憶になくヒギンズさん写真集を参考にした。ChatGPT Plusが数種類出力した画像の一つを基準とし、記憶にある色に近いイメージになるまで調整したもの。青みがあと一歩。
屋根の色は記憶になくヒギンズさん写真集を参考にした。ChatGPT Plusが数種類出力した画像の一つを基準とし、記憶にある色に近いイメージになるまで調整したもの。青みがあと一歩。
朝日を浴びたツートンカラーが強烈な印象であった。
この色の木造電車(元池上電鉄 日車 大正11年製)はデハ201と203がいて、写真はデハ203+フ51。
2 件のコメント:
ここも間に合わなかった線です、池上の木造車やマッチ箱そのものトレーラーは見たかったです。確かどこかに保存車があるようですね。
Cedarさん
元池上の203は素晴らしい電車でした。元池上の2両はカラーリングも他と違うのか素晴らしいものでした。大切に保存されていますが、当初 保存車はこのカラーリングだったのが、現在は法勝寺線最後の時代の白線が入った窓回りが地味なカラーリングに塗り替えられました。
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