案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年5月12日火曜日

梁川

 「梁川」福島交通軌道線 1966.12月

電車はりんご園の間を走り民家が増えてくると梁川に到着。梁川は寂しげな終着駅ではなくよくある終着駅だった。待合室の時刻表を見ると列車は1時間に1本、切符を買っている間に、電車は合図もなく発車してしまった。


終着駅 梁川 1966.12.31
(不鮮明なハーフ判カラー画像をAIで鮮明化)


駅前風景
(モノクロ画像のAIカラー化)

4 件のコメント:

青木 秀敏 さんのコメント...

昔は駅前と言えば、この筒形の郵便ポストと丹頂型の電話ボックスが定番でしたね。私のレイアウトにも設置されております(小さくて作るのに難儀しました)。ところでひとつ疑問があります。「丹頂型」の名前の由来は頭が赤かったからということですが、この写真は赤くありません。この物件の色に関わるデータは相当量あると思われ、AIが間違えることはあまりないと思います。ということは風間さんが色を指定されたということでしょうか?当時の福島にはこのような色が存在したのでしょうか?ちなみにこれのひとつ前の型の電話ボックスは木造で屋根は緑色でした。

katsu さんのコメント...

青木 秀敏さん
鋭いご指摘ありがとうございます。何か変?を感じたものの電話BOXの知識はなく頭の色の指定はしませんでした。AIがモノクロ画像の電話BOXのグレーを持ってきたようです。赤に変更させてもらいました。

鹿部電鉄 さんのコメント...

私は鉄道ファン誌のカラーグラビアでしか見たことがありませんが、さいわい橋の写真よりこちらの方がそのイメージに近いと感じます。保存車はもっと明るくて鮮やかに見えるものの、時代背景を考えると実物はおそらくこういう「くすんだ」色調だったのではないかと想像します。
ところで、側面の窓枠が銀色のアルミサッシに見えるのはAIのしわざですか?

katsu さんのコメント...

鹿部電鉄さん
福島の微妙な青緑色は誌面やネットで様々あり難解で、私は記憶にも残っていないので色の検証は止めていました。しかし、FBでも様々情報ご意見があり、福島の色はとても関心が高く、正しい色の検証だけでテーマになりそうです。「さいわい橋」はもう一枚貼ってみました。イメージとしてはこの辺の青緑に落着きそうです。福島は本題の「記憶に残る色を求めて」から外れた題材でした。

梁川の1103 はカラーの元画像で窓枠がアルミ色でした。他のモノクロ画像でもアルミサッシに見えます。