案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年3月8日日曜日

煙の中へ

遠鉄奥山線 1964年 秋
稲刈りが始まった秋の田んぼ。
二俣線の蒸機列車と奥山線の小さな列車が、
ここですれ違った。

通り過ぎた蒸機の煙が、田の上にゆっくり残る。
煙の先にかすかに見えた列車は、
二俣線の線路を越えて消えていった。

翌日から奥山線はバスに切り替わった。






1964.10.31



                                                        

6 件のコメント:

モハメイドペーパー さんのコメント...

この区間では出力の大きいキハ1804が国鉄のキハを追い抜いたことがある、なんていう話を聞いたことがあります。私が訪れた時は雨降りで、このあたりの景色はほとんど記憶にありません。

katsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
金指を発車した奥山線が二俣線を立体交差して、二俣線と並走するのを見ましたが、奥山線は下り勾配にも拘わらず二俣線に大きく引き離されました。そんな跨線橋の遺構もついに撤去され、地元でもこの並走区間のことは忘れ去られてしまうのでしょう。

Cedar さんのコメント...

連続3カットのラストが好きです。被写体が過ぎ去った後の興奮と虚脱感まで画面から感じられますね。遠くに写ってる奥山線の列車がいいなぁ!

匿名 さんのコメント...

#9999

ご無沙汰しています。いつも懐かしい更新を楽しみにしています。

katsu さんの写真から、自分が今になって思うのは「あの時こんなのも撮れたのになぁ」と発想を広げる事度々。鉄道ピクトリアルの影響で、車輌写真ばかり撮っていたので、フィルムが勿体無いとか、発想の柔軟さが無かったのを理由に自分に言い聞かせています。でも何よりも数をこなすことが良い写真を撮るコツだなと思います。でも偶然がいろいろ重なって、車輌の舞台装置みたいになってる写真は好きですね。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
感想ありがとうございます。60年後の今、何を想うかで写真を探すと意外なものが使えるのが分かりました。時代とともに感覚が変わって行くのでしょう。

katsu さんのコメント...

#9999さん
お久しぶりです。私も車両写真ばかりで、最近は車両について語るようなことはもう殆どありません。おっしゃる通りで数多く撮ることで救われることがあります。撮った時は失敗と思っていた写真が意外に後になって活きてくる。今そんな時代になったと思います。