案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年3月18日水曜日

火鉢

日本硫黄沼尻鉄道 1964年冬
定員たった37名の小さな客車は、川桁で乗り換えてきたスキー客で身動きもとれなかった。列車は雪の中をゆっくりと走り、沼尻に到着すると、スキー客は一斉にバスへ乗って沼尻温泉スキー場へ向かった。

駅に残された客車の中をのぞくと、そこに、ぽつんと火鉢が残っていた。
やがてこの路線も消え、その後すぐにスキーもマイカーの時代となった。
あの車内のぬくもりを、ふと思い出すことがある。


小さな客車内の火鉢。



2 件のコメント:

モハメイドペーパー さんのコメント...

現代の気密性が高い車両だったら一酸化炭素中毒になるでしょうね。木炭は折り返し駅で補充するのでしょうか。

katsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
この頃は家でも火鉢を使っていた時代でした。