案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2020年1月10日金曜日

小石のボールドウィンふたたび。

田辺多知夫さんが撮った小石のボールドウィン。
4年前に小石の藤田炭鉱で活躍していたボールドウィン8112を3回にわたりブログに紹介させてもらったことがありました。最北の炭鉱までよくぞ8112を撮りに行った田辺さん。

国鉄天北線(音威子府~南稚内 1989年廃線)の小石から出ていた藤田炭鉱宗谷鉱業所専用線(昭和42年廃止) の美しいボールドウィン8112をふたたび紹介させてもらいます。

1965(昭和40)年7月26日
背後に巨大な木造石炭ホッパーが見える。

藤田炭鉱構内


炭鉱の街を背景に小石から引き返す8112


参考) 鉄道ファン誌1995年の記事(安保彰夫氏、宮田寛之氏).藤田炭鉱宗谷鉱業所専用線 "ここはボールドウィンの機影を追った最北の炭鉱鉄道であった″

2 件のコメント:

transit さんのコメント...

katsu様

明けましておめでとうございます。
 多数輸入された各メーカーの1cテンダー機の中でも当初成績の芳しくなかった8100が後年まで生き延びたのは炭鉱鉄道での使用条件が合致した為でしょうか。
それとも単に両数が多かった故でしょうか、、。何れにしても当機は北海道の地で本領発揮となったのですね。
 作業局時代の写真と比較すると、空制、自連化に加え炭庫嵩上げ,スプラッシャー撤去などの変化がよく解り、多数の角度から捉えた田辺様の鮮明な映像は大変参考になります。
 模型では実機メーカー等に拘らずカワイのリオグランデ辺りを塗装のみ黒一色に変え,数両のトラを牽かせる等、北海道のムードのみを求めて気軽に楽しむのも良さそうですね。

katsu さんのコメント...

transitさん
今年もよろしくお願いいたします。
カワイのリオグランデとはなんと懐かしい模型。
子供の頃、私は3フィートナローの米国蒸機の存在すら知らずカワイのリオグランデタイプの蒸機2-6-0や2-8-0に憧れていました。もちろん子供に買える模型ではありません。

輸出モデルの米国ナロー蒸機などとは比べものにならないカワイのフリーモデル。
あれから時が止まってしまったような模型は今の時代にゆるいレトロ模型として人気があるような気がします。
スケール考えないフリーとすればきっと北海道の炭鉱ボールドウィンムードは出せると思います。
今ではすっかりこういう楽しみ方はなくなってしまったようですね。