案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2019年1月17日木曜日

大分交通耶馬渓線 車両の坩堝(るつぼ)3

耶馬渓線の蒸機全盛期は昭和24年の8両で、訪問した昭和42年3月はクラウスの1444と4の2両の蒸機が在籍していた。昭和41年の国東線廃止によりDL2両が入線し、この蒸機2両は予備機となって中津車庫に眠っていた。

撮影:1967.3.5 中津車庫
 1444号機(省1440形式C級機) その奥に4号機

4号機(省1400形式C級機)

「せせらぎ」キハ105 (元北九州鉄道 昭和11年汽車支店製)
と国東線からやって来た近代型DCキハ604

なんと魅力的な顔つき。

以下はキハ100形でこの時は101~104の4両が活躍していた。
 せきれい キハ104

 かわせみ キハ102

ひよどり キハ103

青の洞門の脇を行く やまばとキハ101

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